すっかり酔ってしまって、覚束無い足取りで辿り着いたのは、交差点の真ん中だった。あたしは、そこで、しゃがみこむ。歩くのも億劫だったし、煙草に火を付けるのも、怠かった。
「チカ?」
後ろから誰かが声を掛けてきた。緩慢な動作で振り向く。シュンだった。
「あれー、シュンじゃん」
「おう。てゆーか、チカ酔いすぎ」
「おーよ」
交差点の真ん中で、しゃがみこんだまま、会話が進んでいく。通る車もない。
「お前、帰れんの?」
唐突にシュンが言った。まあ、帰れなくもない。少し休めば、どうにでもなる。だから、がんばる、と言った。すると、シュンはほとんど即答する。
「送るわ」
「いーよ、別に」
襲われる、なんて、柄でもないし。そう思う。なのにシュンは、勝手なことを言うばかり。
「俺がそうしたいだけ」
「そ、じゃあ勝手にそうすれば?」
あたしは、もう、受け答えもめんどくさくて、吐き捨てるように言った。
「うん、帰るぞ」
シュンはどことなく、満足そうで、その笑顔が少し、鬱陶しい。だから、困らせてやろうと思った。
「歩くのだるい」
「頑張れ」
言いながら、シュンが、あたしの腕を掴み、無理矢理、立ち上がらせた。なんかムカツク。
「煙草、」
「ん?」
「火ぃ、つけらんない」
「はいはい」
あたしがくわえた煙草にライターを近付けるシュン。本当に、意味がわからない。
「かえる」
「おう」
短い受け答えで、歩き始めた。凄く、ゆっくりにしか歩けなくて、シュンが、歩調を合わせてくれてるのが、少し、嬉しかった。
20分ほどして、マンションにつく。あたしの部屋は3階。マンション前でシュンを見やる。
「ここでいーよ」
「や、玄関先まで送る」
「そ」
色々と問答するのがめんどくさくて、少し痛む頭で、エレベーターに乗った。ガチャガチャと、部屋の鍵を開ける。
「お茶でも飲んでけば?」
「うーん、悪くねぇ?」
「いーよ、別に」
折角、送ってくれた友達を無下に出来るほど、無頓着な性格をしている訳じゃなかったから、シュンを部屋にあげる。
適当に座ってて、と言いながら、コップに、お茶をいれ、自分の分は、ミネラルウォーターにする。
「ありがと」
「こっちこそ、ありがとねー」
形だけは、言いながらも、こいつ意味わかんねぇなぁ、とやはり思う。
つけたテレビはニュースばかりで、つまらなくて、すぐ消した。だから、静寂が訪れる。
「……ねむい」
「寝ろ」
シュンは、笑った。
「うん」
「じゃあな」
「うん」
「風邪引くなよ」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
シュンが部屋から出ていくのを見届けた。がちゃりと鍵をかける。ぼやけた頭で、ベッドに入った。
***
「チカ、あんた酷なことするわね」
次の日、昨日のことを話したら、マナは言い放った。
「どう考えたって、その人、チカのこと、好きじゃん」
「そう?」
「鈍感!!!」
マナの声は悲痛そうだった。
「だって、友達だし」
「部屋先まで送るような友達、いない! 下心ありに決まってる!」
「あのシュンに?」
「よく知らないけど、そのシュンくんは、チカのこと好き!」
マナは、付き合ったら教えてね、と言ってから電話を切った。
その直後、シュンからのコール。
「よ」
『おう、チカ、今何してんの?』
「今からご飯作ろうと思って」
『そか、邪魔しちゃ悪いし切るわ』
「待った」
『んー?』
シュン、あたしのこと好きなの? 聞こうかどうしようか、少しだけ、迷った。
「シュンはさ、あたしのこと好きなの?」
『へ?!』
「んー、なんでもない。友達に言われただけ」
あたしは、ほらね、と思った。シュンが、あたしを好きだなんて、そんなことあるわけないのだ。
『好きだよ』
「だよねー、って、え?」
『好き』
「ともだ」
『女として、な』
あたしは、固まる。ようやく出てきた言葉は、滑稽だった。
「直接言われたら信じる」
『じゃあ、今から行く』
ぶつり、と電話が途切れた。
よくわからない。それが、本音だった。
end
話題:SS
12/07/05