気が付いたのは、真夜中だと思う。月が自棄に明るかったから、正確な時間は解らなかった。
《ツキアカリ》
何時ものようにバイトを終えて帰宅したら、父さんと母さんが大喧嘩をしていた。妹は、二階の部屋で、泣いているようだ。
「何してんの」
「「うるさい!!!」」
父さんと母さんが声を揃えて怒鳴る。ああ、これは、確かに怖い。
「うるさいのは、どっちよ」
「子供の癖に、生意気なことを言うな!」
「大人の癖に、恥ずかしいのは、どっち?」
私は、二人をバカにして笑った。
いつもこうなのだ。見境なく、大声で喧嘩して、妹を怯えさせて、モノを壊して。
いい加減、別れてしまえばいいのに。本当に、馬鹿馬鹿しい。
そんなことだから、私のこの左腕にも気付かないんだろう。ふと、リストカッターになってしまった私のために、泣いてくれた妹の顔を思い出した。
二人を嘲笑した私に、ビンタがくる。眼鏡が飛んでいった。
「愛娘殴るなんて、どうかしてんじゃない?」
「私には、そんなくそ生意気な娘はおらん!」
「そうよ! 父さんに、謝りなさい!」
嘘でしょ。この二人、喧嘩してたんじゃないの?
多分、私は、この辺りで、正気を失ったんだろう。
「だったら、私には、こんなクズみたいな親、いないね」
私は、言いながら、持ち歩いているカッターナイフを取り出した。
「そんな親は、いないし、要らないから、死んじゃえば?」
カチカチと刃を出してから、床に転がす。
「ほら、死になよ。それとも、殺してほしい?」
私、未成年だし、大丈夫だよ? 私は、言いながら笑う。
「さっさと失せろよクズ!!!」
妹には聞かれたくないなぁ、と思いながらも、少しだけ、低く良い放った。
「黙って言わせておけば、ぬけぬけと! 今まで誰がお前を育てたと思ってるんだ!」
父さんが、私の胸ぐらを掴んで、ぐらぐらと揺すりながら言った。制服のリボンがぐちゃぐちゃになる。
「ったいなあ!!!」
私は、父さんを突き飛ばした。唐突だったせいか、父さんは、数歩よろめき、散らばっていたモノに足をとられて、大転倒した。
そして、頭を、灰皿にぶつけた。
赤く紅く床が染まっていく。私は、それを眺めながら、肺に押し入ってきた酸素のせいで盛大に噎せた。
「お父さん!!」
母さんが、さっきまでの、喧嘩相手に駆け寄る。
「あんたのせいよ!!!」
噎せる音の向こうで、母さんが言った。私は、もう良いや、と、思った。とたんに、世界がぐらつき始める。薄れ行く視界の片隅に、妹が見えた気がして、私は、彼女に向かって、ごめん、と囁いてから、床に崩れ落ちた。
***
薄暗がりで目が覚める。窓からの月明かりで、結構、良くみえる。病室のようだった。ベッドに頭を乗っけて、妹が眠っていた。
ついてくれていたんだ。
私は、心の中で、ごめん、と言い、ベッドを抜け出した。
靴か、あるいは、サンダルを探したけれど見当たらず、裸足のまま、ペタペタと音をさせて病室を出た。
制服のままだったから、ポケットの生徒手帳に、小銭が入っている。自販機コーナーを見付けたので、温かいコーヒーを買った。
父さん、死んじゃったかな、と、考える。死んでたら、死んでたかな、と。きっと、生きてるだろうけど、とも、考えた。
「ねーちゃん!!!」
唐突に声がした。妹だった。
「お? どした?」
「いなく、なっ、てたか、ら。死ぬ、んじゃ、ない、か、って」
妹は言いながら泣いてしまった。
「ごめん、ね。死のうかとも思ったけどさ、あんたのこと、おいていけないじゃん」
「ばか!!! そ、んなこと、かんが、えるな…」
突っ立ったまま、泣きじゃくる妹の正面に立って、右腕だけで抱き締めた。左手には缶コーヒーがある。
「…うん。ありがと」
漸く泣き止んだ妹と二人、手を繋いで、病室に帰る。
歩きながら聞いたのだが、やはり、父さんは生きているらしい。母さんが付きっきりで看病しているそうだ。
喧嘩するほど仲が良いとは、言うものの、あの二人は、馬鹿だから、限度とか、節度とかが、足りないのだ。これを機に改めてほしい。
ベッドに二人、くっついて眠った。
「ねぇ、二人暮らしする?」
「…お金は?」
「あの人たちに出させれば良いでしょ? 仮にも親じゃん」
「出してくれる、かな?」
「出さなかったら、殺してやる」
私は、冗談混じりに言った。妹は、少し苦笑いをする。
***
翌日。10時過ぎに二人で目を覚ました。寝惚けながら、おはよう、と、言い合う。お互いに、学校があるけれど、そこには、触れなかった。
「お姉ちゃん、二人暮らし、しよっか」
なんの前触れもなく、妹は笑って言った。私は、二人で頑張ろうね、と、笑った。
私の笑顔も妹の笑顔も、久し振りに、本物の笑顔だったと思う。
end
話題:SS
12/07/04