兎折というか虎←兎←折
いろいろとひどい
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僕はバーナビーさんと恋人関係にある。あのバーナビーさんと、僕が、恋人なのだ。人生何が起こるかわからないものだ、本当に。きっかけはほんの些細な出来事だった。タイガーさんに折り紙の綺麗な折り方をレクチャーしてもらっていたときに、バーナビーさんが僕にも教えてほしいと声をかけてきたのだ。そこからなんだかんだで2人っきりで話す機会が増えていって、そういう積み重ねの結果晴れて恋人っていうこれ以上ない間柄になることができた。きっかけを作ってくれたタイガーさんには感謝してもしきれないほどだ。バーナビーさんはすごくとても、驚くほど僕に優しくしてくれて、そんな彼を僕はとてもとても愛していた。彼に出会えて、僕は幸せだった。

僕とバーナビーさんは、恋人同士である。

おめでとうと四方八方から声がした。ありがとうとバーナビーさんが微笑んでいた。ところで彼の左側で朗らかに笑みを浮かべている女性はどなたでしょうか。眩しいくらいに白いそのお召し物はなんでございましょうか。ねえバーナビーさんなあにそのタキシード、まるで結婚式みたい。

「しっかしまさかバニーが結婚するとはねえ」

鐘が鳴る。ひどくけたたましい。耳を塞ぎたくなったけれど、塞ぐ手は新郎新婦に向けての拍手にばかり働いている。ヒーローのバーナビー・ブルックスJr.が一般女性と結婚。新聞ではそんな見出しが連日僕を嘲笑うかのように踊っていた。彼の結婚相手は艶のある黒い髪が特徴的な、とても美しい日本人の女性。僕との共通点なんて一切見当たらない。彼女の雰囲気はどことなくタイガーさんに似ていた。
受け止めきれない現実が僕を責め立てる。目の前の光景だって、きちんと理解はできていない。できるわけがない。ねえ、結婚って、なんなの。僕は何も聞いてない。ねえバーナビーさん。
頭を抱える僕の隣に誰かが立つ気配。ちらりと見やれば、それは今日の主役のひとりだった。つまりは新郎。つまりはバーナビーさん。彼は僕の肩にそっと手を置く。吐き気すら覚えた、とか、言えればいいのに。未だに愛しさが募るのだから僕はバカ以外の何者でもないのだきっと。

「折紙先輩、どうかしました?元気がないみたいですけど」
「…僕はあなたのなんだったんですか」
「?」
「僕に何も言わずに、いきなり結婚、して。僕は、あなたの恋人じゃ、なかったんですか」
「…そうですね、折紙先輩。ずっと、誤解させてしまってたみたいですね」

誤解、て、なんですかそれ。と口から言葉が滑り出す前に、彼の緩んだ口元が柔らかい声音を紡いだ。優しい声だった、本当に。それだけに、僕は反応を返すことができなかった。

「今まで僕のダッチワイフ役を務めていただいて、ありがとうございました」

お疲れ様でした、という台詞は、もう耳にはほとんど届いていない。僕はこれでもかと言うほど目をかっ開いて、微笑む彼を視界いっぱいに入れた。とにかく見るという動作しか今の僕にはできなかったのだ。唇は凍りついた、手は伸ばしたくてもぴくりともしない。足は地面に張り付いていた。

「では」

爽やかに片手をあげて帰るのはかつての僕の恋人、だと思っていたひと。彼からしてみれば僕はただのうっとうしい性欲処理道具だったわけである、らしい。
ええ、ええ。実を言うと気づいていたりもしました。あなたはいつも僕の向こう側を見ていた。僕の先にいる誰かを目で追っていた。それぐらいのこと、気づいてはいたけれど。僕の頭を撫でるときの手とか、たまに感じる柔らかい視線とか、そういうものに僕はずっとすがりついていた。彼はきちんと僕を愛してくれているのだと信じたかったんだ。完全なる独りよがりは宙をさまよう。ああ我ながらばかみたい、いっそ殺してくれたほうが楽だ。けれど今日も僕の世界は緩やかに僕の息を止めることはしても、殺すことはせずに僕を生かし続けるのだ。大きな鐘がまた祝福を響かせる。遠くを見つめて微笑むバーナビーさんがどんどん滲んで見えなくなっていった。だれかはやくころして。


やっとブルックソさんが書けた