「やべ」

俺の足の間に鎮座していた足立さんが、ぽそりと呟いた。何がですか、と薄い黒の瞳を覗きこんだら、ぼさぼさ頭が俺の胸に押しつけられる。なんだろう、ちょっと様子がおかしい。まず普段は距離が極端に近いのをそれはもうものすごくこっちが泣きたくなるぐらい嫌がるのに、今日に限って自分から距離を詰めてくるのもおかしい話だ。話しかけてもなぜか上の空だし、さっきからまったく動こうとしないし。やっと起こしたアクションもこれだし。何か悩みでもあるんだろうか、面倒くさい人だから自分から悩みを打ち明けられないのかもしれない。いや、話したくないのかも。それなら無理に聞き出す気もないけれど、でもやっぱり少し心配だ。とりあえずそっと右手を彼の背中に回してみると、足立さんの右手も動きを見せた。彼らしくないほど控えめに、俺の服の裾を掴んだんである。なんというか、なんていうか。この湧き上がる気持ちの正体はいったいなんなんだ。

「あの、さあ」
「はい?」

ぽつり、降り始めの雨のように足立さんの唇から零れる言葉たち。たどたどしい物言いも、いつもとはまるっきり違っている。通常の全体的に憎たらしい物言いしかできない足立透はどこへやら、今はまるで告白をする女の子のように躊躇いがちに口ごもっている。