なんでもないのに涙が出るのはなぜなんだろう。例えばジュネスで買い物してるときとか、外で見回りしてるときとか、きれいな満月の日だったりとか。一人ぼんやり月を眺めて涙する20代後半の男って絵面的にどうなんだろう。少なくとも我が家のポストに婚活のチラシが舞いこむくらいには寂寥感溢れる構図であることは間違いない。でもべつに人肌に焦がれているわけでもなくて、ただなんでか知らないけど本当に自然に、ほろりと涙が零れ落ちる。突然のことだから自分でも予測できなくて非常に困るんだよなあこれが。月がきれいってだけで泣く理由なんかどこにもないのに。あ、そういえば今日はジュネスのキャベツが安いんだった。早く買いに行かないと売り切れる。あ、ほらまた涙出た。

「…なんにもないのに、ないちゃうの?」

あんまりにも迷惑なこの症状にそろそろ頭が痛くなってきたある日。堂島さんちの酒をありがたく頂戴している最中に、ちょうど傍に菜々子ちゃんがいたから、なんとなく悩みを打ち明けてみた。こんなの同僚とかに相談すんのも面倒だし、小さな子ならこんな話すぐ忘れるだろうと思ったから。しかし僕は自分でもびっくりするくらいには誰かに悩みを打ち明けたかったらしい。ばっかみたいだ、人と人との触れ合いなんてぬるま湯に浸かる気なんてさらさらなかったってのに。我ながらちょっと滑稽で笑える。

「かなしいことも、うれしいこともないのに、ないちゃうの?」
「うん。なんもないのにさ、泣いちゃうんだよ。変でしょ」
「んー…」