まるい紫は悲しみに暮れているらしかった。すんすんぐすぐす、まるで泣いているかのような擬音がその紫から聴こえてきて、自分の耳を疑いながらその顔を覗きこんでみれば、信じられないことに、いや案の定、そいつは泣いていたのだ。きれいな薄紫を赤に染めて、つり上がっていた眉をめいっぱい下げている。ふんぞり返っているいつものこいつの面影は、この姿には見出せなかった。そんな短いスカートで三角座りなんかしたらパンツ丸見えだよ、なんて言葉も今のこいつにはそよ風程度のものなんだろう。いつもなら辞書投げつけて顔真っ赤にして怒るのにね。

「なんかあったの」
「……」

いちおう訊いてみるも、予想通り返答はなし。まあ人間話したくないことだってあるだろう。僕にだってたくさんあるし、あいつ、岡崎にだって、きっとたくさん。今日あいつ嬉しそうに女子と帰ってたよ、僕になーんも報告しないでさ。なんてことこいつに知らせたらどうなるかな、泣くかな?ああいや、もう泣いてるんだった。ってことはもう知ってるんだね、あいつが女子と帰ったこと。それで泣いてたのか。なるほど合点がいった、と一人で納得してうんうん頷いている僕に、不意にかけられる涙声。

「陽平」
「なに」
「あたしって、バカなのかな」
「なんでさ」
「だって、何年もずっとこんなこと続けてさ。あいつのために泣いても、あいつがこっち向いてくれるわけないのに」

ひどい声だな、どっかの猫型ロボットみたいだ。あとバカだ。かなりのバカだ。僕よりバカだ。もう救いようがないね。おまえが泣いてるのひた隠しにしてるからあいつは気づかないんだよ。何年もそんなこと続けても諦められないくらいあいつのこと好きなんでしょ、じゃあ女の特権駆使して色気でも涙でも使えばいいのに。おまえはいつまで経っても動かないんだ。あ、ねえ杏、ところでさ。

「おまえさ、ボンバヘ好きの金髪野郎って好き?」
「全ッ然タイプじゃない」
「だよねー」

ほら、どこまでいっても一途でさ。やっぱりおまえはバカだね、大バカだね。こんなに素敵な僕に告白されてるのにすっぱり断っちゃうんだから。