夕日が少しずつ海の中に溶けていく。缶ビールを手の中で小さく揺らしながらそれを見届ける生活にもずいぶん慣れてきた。俺たちの背後に迫ってくる大きなもの、それは確かになくなった。けれど新たな影はまた際限なく生まれていく。俺たちはこれからもそれらから二人で逃げ続けなければいけないのだろう、きっと死ぬまで。
潮風が肌をなぞって、視界はオレンジに染まっていく。隣のビーチチェアに寝そべっていたダニエルがビールをもうひとつ取ってくると言うので短く返事をした。サンダルが砂を混ぜる微かな音が響くなかで、凪いだ海をぼうっと見つめる。
ふいに頭上に影が生まれた。ダニエルがじっと俺を見下ろしているのだ。すっかり大きくなった弟を静かに見上げる。ダニエルは俺の座っているチェアに手をつき、少し屈んだあとそのまま俺にキスをした。受け入れるでも拒むでもなく、ただそれを受け止める。唇を開いてほしそうにその舌が動いたが、開くことはしなかった。
やがて諦めたようにダニエルが離れ、あらゆる感情の詰まった瞳で俺を見つめる。早くビール取ってこいよ、という俺の言葉には特に返事を返さなかった。
「なあ、ヒゲ剃れよ。痛い」
「断る」
「剃れって」
「俺の勝手だろ」
「…………」
ふん、と鼻を鳴らしてダニエルはビーチチェアに腰掛ける。プルタブを引く軽快な音があたりに響くと、次にごくりと喉を鳴らす音が横から聴こえた。そこからはまた静寂だ。何を話すでもなく、二人でまた雄大な海を見つめる。
昔ほど俺たちの間には言葉がなくなったように思う。もはや話すようなこともなかったし、思い出話なんてしたところで意味もない。たまに父さんの話を少しだけして、それ以外のことは特別話題にはしなかった。こんなふうになったのはいつの頃からだったろうか。まあ、会話が減ったからといって険悪かと言われるとそういうわけでもなかった。むしろ、より強固な結びつきを得たような気さえする。……その形は少しいびつだったが。



メキシコエンドいいよね…エッチだった