必要な資料があり書庫を訪れると、珍しいことに先生が机に伏して眠ってしまっていた。思わず近くに歩み寄りその顔を覗き込んでしまう。すうすうと規則的な寝息を立てる先生の、黒と緑の混ざったような色の髪が昼の陽に当たりかすかにうすく光っていた。こうして間近で見ると、普段感じていたよりも睫毛が長いことがわかる。
「珍しいわよね、先生がこんなところでうたた寝なんて」 
ふと奥の棚からメルセデスがひょっこりと顔を出してこちらに微笑んできた。いたのか、と口に出せば『お料理の本を探していたの』と細い手が数冊の本を胸の前で掲げる。そんなものまであるのかこの書庫は、と内心で感心しているなか、メルセデスはゆっくりとこちらに歩を進め俺の横で立ち止まった。
「先生、お疲れなのかしら。よく寝てるわ
「教師としての職務は肉体的にも精神的にも疲労が伴うだろうからな。疲れが出ても無理はない」
「そうねえ。いつも私たちのためにたくさん頑張ってくれてるものね」
ふふ、と目を細めて先生を見やる彼女の視線には慈愛と敬愛が籠っていた。自分にとって好意的に思う人物がこうして慕われている様を見るのは決して悪い気がしない。彼の日頃の行いの賜物だ。メルセデスはしばらく先生のつむじのあたりを見つめていたが、少しした後に突然ああっと声をあげて眉を下げた。
「私、これからアッシュにお料理を教えてもらうんだったわ。本を取りに来たのもそのためだったの」
「そうなのか。それは早く行ってやらないと」
「ええ、それじゃあまたねディミトリ」
ひらひらと手を振りながらメルセデスはにこやかに書庫を後にした。