ふーん、そう、縁談!そりゃあ願ったり叶ったりな話じゃないか、お前みたいなはねっかえり貰ってくれようなんて男そうはいないはずなんだから。お相手は名家のご貴族様で、身なりも性格も良し。なんてこったイングリット、お前それは運命ってやつだよ。今すぐしつらえた花嫁衣装着て「不束者ですがどうぞよろしくお願いいたします」って言って頭下げてくりゃいい。お前のとこの家族もそれを何より望んでるはずだ、よかったなあ。婚姻はいつ発表するんだ?婚姻の儀には俺も参列するよ、そんで関係者の輪の中で涙ぐんでやる。食い意地張ったお転婆娘がこんなに立派に成長して、ああ幼馴染冥利につきますよって全員の前で話してやるよ。今から楽しみだな、はは。想像しただけで笑えるやら泣けるやら……。
「……それはいい想像図ね。わかったから手を離してくれるかしら」
イングリットの冷水じみた声が俺の頬をぴしゃりと叩いた。顔を上げれば呆れの感情を表情全体であらわした、見慣れた顔が目の前にある。いつもならこういうときすぐ話打ち切ってどこかに行くのに珍しいな、と思っていたらどうやら俺が引き止めていたらしい。自分でも気が付かないまま、この指はイングリットの手を取り強く握りしめていた。
「痛いからせめて力を緩めてくれる?というか何がしたいのかわからなくて不気味よ、シルヴァン」
冷ややかな視線が心臓に氷柱となって刺さる。不気味とはなんだ、けっこうな言い草だなあおい。……さて困った。手なんてすぐに離してしまえばいいしさっさとその背中を押してしまえばいい。幸せになれという言葉を何重もの軽口で包んで、いつもみたいに面白おかしく話を終わらせてしまえばいいんだ。それなのにどうしても自分から離すことができない。言外の感情は毎秒俺にとどめを差した。まさか、そんなことあるわけないのに。
「シルヴァン?もう、なんなの。返事ぐらいして」
うるせえな、いま口なんて開いたら大惨事だ。お前、この状況で引き止めるようなこと言われたいか?絶対嫌だろ、俺だって言いたいわけがない。なのにもう脳みその中にはその言葉しか浮かんでこない。今まで何人もの女を言葉で手玉に取ってきたというのに、こんなのはもう見るに耐えない醜態だ。なあイングリット、お前絶対に笑うぜ、今から俺が言うこと聞いたら。