「冗談を言うな、先生」
好きだと言って返ってきた答えはこれだった。逃げられないようにと掴んだ手は力なくこのてのひらに収まっていて、小刻みに震えている。その視線はいつまでも合わない。冗談じゃないと訂正すれば、青白く染まった顔はゆっくりとかぶりを振った。
「いいや、冗談だ。お前は冗談を言うときも真顔だからなかなか嘘か本当かの判断をつけにくいが、今回ばかりはさすがに分かる」
そういう嘘はどうかと思うが、と付け足してディミトリは口角を上げた。まったく上手く笑えていないそれを愛しく思う。 
「本気だ」
「なら正気じゃないんだろう。きっと疲れているんだ、先生」
「正気だし本気だ」
こっちを見ろ、と語気をかすかに強めながら告げる。ディミトリは逸らした視線をわずかな間さまよわせ、やがてすごすごとこちらに目を合わせた。動揺の色がありありと浮かんでいる。笑うのも取り繕うのも本当にずいぶん下手になったものだと思った。嬉しいことだと心から感じる。
「先生、本当に正気か?どうして俺を好きだなんて思うんだ。お前はもっと、ちゃんとした人間を好きになるべきで……」
てのひらの中で震えるディミトリの手はろくな抵抗もなくここに収まり続けていた。ディミトリの力は自分なんて比べ物にならないほどに強い。やろうと思えばこの手なんてすぐに振り払えるはずだった。それでも逃げずにただこちらにそれを委ねている様は、こちらに甘えているようにさえ感じられる。「もっといい相手がいるはずだ」とディミトリは呟く。
「何もわざわざ、俺である必要はひとつもないだろ、先生。……俺の行いも何もかもすべて知っているだろうに。俺の贖罪にお前を付き合わせるつもりは毛頭ない。背負わせたくないんだ、お前には何も」
「なら手を振りほどいて拒絶しろ」
びく、とその手が跳ねて、瞳がわずかに揺れたことを見逃すわけにはいかなかった。平静を取り戻そうと細く息を吐く男に畳みかけるべく言葉を告げる。
「もっとすべてで拒絶できるはずだ、本当に拒みたいなら」
「……違う、先生」
「それにお前はさっきからこっちの感情を無視して正しさを決めつけにかかっている。お前への好意を持つ者としても、教師としても看過できない」
先生、といつもの響きが気品のある唇から危うげに紡がれる。迷子のような目をした男は、困ったように眉を下げていた。どう突き放そうかと逡巡でもしているのだろうが、実質はどこにも行かないでくれとでも言いたげに思えてならない。
「お前は詰めが甘い。ディミトリ」
「…………」
ついに言葉を無くした男は俯き、口をかたく閉じた。ディミトリの手の甲をなぞり、その長くなった髪のうねりを見つめる。お前の本音が聞きたい、と念押しすると、かすかに開いた口から小さな嘆息が漏れた。先生、と呼ぶ声の色は、観念にも懇願にも染まっている。「なあ先生、俺の方が」
「きっと俺の方が、お前のことが好きだ」




マジで耐えられなくなってるうちにいつの間にかかいていた うーん精進しよ…
先生の一人称に悩むな〜