事故や事件、自殺のニュースが流れると兄さんはたまにじっとテレビを見つめる。画面の向こうにある事故現場とそこで状況を説明しているニュースキャスターのほうを見つめながら作業している手をぴたりと止めてしまうのだ。きっと兄さんはこの画面の向こうにある、もしくは『いる』何かを見ているんだ、と気がついたのは小学校低学年の頃だった。……僕はいくら画面に目を凝らしてもそれは見えない。場所と人間、ただそれだけの記号しか受け取れない。
「シゲ、あんたまたスプーン曲がってる!」
朝食を摂っている最中だった兄さんに対して向かいの母さんがそう指摘する。隣を見やると確かに兄さんのスプーンはぐにゃりと曲がっていた。
「またやっちゃった」
「もう、ほんとにこの子は」
頭を掻く兄さんに「貸して」と声をかけてスプーンを渡してもらう。力をかけると銀の塊は元の姿に戻った。いや、少しだけ曲がりすぎている。今まで何度も直してきたのに。
「ありがとう、律」
スプーンを僕から受け取った兄さんは朝食に手をつけるのを再開しようとしたけれど、画面から聞こえてくる音に反応してまたそっちを向いてしまった。兄さんの瞳はテレビから動かない。少し開いた口が小さく「あっ」と声を漏らす。何に対してなのか僕にはわからないし、きっと尋ねてもなんでもないと言われてしまう。気の利いた言葉のひとつも浮かばず所在なく兄の横顔に視線を注いだ。こういう時、僕はいつも消えてしまいたくなった。
「……兄さん。早く食べないと遅刻しちゃうよ」