左馬刻さんの薄い唇にタバコの先が重なる。上下の仄かな赤がそれを少し雑に挟むと、口端からすう、と空気の吸い込まれる音が溢れた。タバコの先が炎の色に光る。左馬刻さんが作り出すいろいろな赤色を見てると、どうしてだか警告でもされてるような気分になる。唇を舐めるときに現れる舌だとか、たまに服や拳に付いている血だとか。今はタバコの先。燃えるそれは少しずつ、スローモーションみたいな速度で灰を作っていく。
「一本吸うか?」
「え?」
唐突にそう尋ねられて思わず間抜けな声を上げてしまった。口角を少しだけ持ちあげたその人はタバコから唇を離し、そこから白い煙を吐き出す。
「吸いてえんだろ」
左馬刻さんのいやに白くて長い指に挟まれたタバコはじっとこの人の唇を待っていた。羨ましいんだろ、と目の前の人は言う。少しだけ間を置いたあと、その赤い目を見据えた。
「いいっす。ばれたら面倒なんで」
「は。ガキも苦労してんな」
愉快そうに笑いながら左馬刻さんはまたタバコをくわえる。炎が光る。赤信号みたいに。渡ってはいけませんよ、と脳内ではもっともぶった大人の声。
「吸ったことは?」
「ないっす」
「吸ってみたくなんねえのか」
「あんまりすね」
目の前の人の視線がゆっくりと俺から外される。そして、つまんねえ嘘ついてんじゃねえぞ、とその口が笑いながら動いた。
「じゃあ何をそんなに見てんだ。欲しいんだろ、一郎くんよ。正直に言ってみろ」
薄い唇の赤。そこから濡れた舌の赤が現れて、唇を濃く色づけた。タバコの先には炎。赤信号、……俺は赤が色の中で一番好きだった。だから、欲しい、全部。喉から手が出るほど。
「言っていいんすか」
熱くなりはじめる自分の頬に気づかないふりをしながらつぶやく。左馬刻さんはやっぱり笑っている。その長い睫毛の下の、俺の一番欲しい赤は楽しげに細められた。
「いいに決まってんだろ。ここにはオトナもキョーダイもカミサマもいねーよ」