ちょうど目の上で切り揃えられた白銀の前髪に、ぶらりと2つ垂れ下がったおさげが特徴的だった。ここいらでは見かけたことのない、わりとドラマなんかでよく見るオーソドックスな黒セーラーと、一昔前のスケバンかと突っ込みたくなるような膝下まであるくそ長いスカート、そして仕上げにハイソックス。それらに身を包んでいる目の前のこいつは、明らかに男である。一目で女装と気づけるぐらいの低い完成度は、まるでワゴンセールに駆り出された女装ものゲイ向けアダルトDVDでぎこちなく喘ぐネコ役のようだ。誤解を招きそうだから言っておくが、そういう部類のAVについて知っている理由は趣味嗜好うんぬんではなくちゃんと他にある。ついこの間稲羽署で開かれた飲み会後、駄目な方向にはじけた同僚たちが酒にテンションを引き上げられた末に、怖いもの見たさと称しててきとうに購入したものを全員で鑑賞したのだ。ハムな役者が繰り広げるなんとも暑苦しい濡れ場がブラウン管を支配する度に一人また一人と脱落していき、最後には一人残らず冷水を浴びせられたような顔になっていたのには正直少し笑ってしまった。まあ僕も被害者だったんだけど。もうああいうのは二度と見ないって心に誓ったね。ほんと、誓ったはずなんだけど。まさか現実でそのDVDそっくりの事態が起こるなんて思わないじゃないか。自分で言うのもなんだけどひどく殺風景な僕の部屋はいま、空のビール缶を床に撒き散らした状態で。そしてそれらを器用に跨ぎながら、安っぽい女装を披露して僕にのしかかっている男が約1名。アブノーマルプレイ。とっさに浮かんだワードはそれだった。

「ねえ、ちょっと」
「なんですか」
「どいてくんない」
「嫌です」

ほらこれだよ。何を言っても退こうとしない。少しだけ手や足で抵抗を試みたけれど、謎の怪力によって至極あっさり押さえつけられるし。不格好に赤く染められた唇が、その度ににんまりと笑うのには少し腹が立った。ていうかなんで口紅まで塗ってるんだこいつは。こちとら女装だけでお腹いっぱいなんだよ。その下手くそにひかれた紅の下から紡がれる、足立さん、と僕を呼ぶ低音がほんのり熱を宿していることなんてできれば知らないフリをしたい。だって、ねえ。まさか君、その格好でおっぱじめる気なの。

「足立さん」
「…やだよ」
「まだ何も言ってないんですけど」

続く言葉なんてとうにわかりきっている。君が僕の目をまじまじと見るときは、つまりそういうときの合図。じっくりじっとり視線を注ぎながら僕の肩をがしりと掴んだら、次の台詞は決まってこうだ、『いいですか』。そのたんびに嫌だと返す僕の意見が採用されたことはなく、あとはただ為すがまま。倒れこんで、キスまがいのことをして、はい暗転。はい朝チュン。ああどうしてこうなってしまうのか、と嘆くのはもはや恒例行事であるからそろそろ虚しい。しかしなんで今日に限って女装なの。男同士ってだけでもうすでにアブノーマルなのに、なんでさらなるアブノーマルを付け加えちゃうの。しかもなんで君が女装してるのに相変わらず僕がネコの位置なの。言いたいことが山ほどありすぎて、もはや何から口にすればいいかわからない。とりあえず、抵抗だけは忘れないでおこう。

「足立さん、あの」
「だからやだって」
「そんなこと言わずに」
「やるならせめてそれ脱いできてよ」
「それは嫌です」

ああもうとりつく島もない。はぁ、とついたため息は彼の前髪をふわりと揺らすだけだった。くすぐったそうに目を細めたかと思えば、足立さん、とそいつはまたしても僕を呼ぶ。返事をするのも億劫だったから、僕はただ瞼を落とした。これが了承の合図だってちゃんと気づいたら、させてあげてもいいよ。そんな心中での呟きを愛の力(笑)で聞き取ったのかどうだか知らないけど、彼はすぐにありがとうございますとかなんとか言って、僕の唇に自らのそれで紅をつけた。ぬるり、女特有の感触を思い起こさせるそれは、実はあまり好きではない。だって口に入ったら気持ち悪いし。しかしそれつけたままキスしないでよ、なんて言葉はたった今彼に飲み下されてしまったから、あとはもうずるずると床に引っ張られるだけだ。僕のフローリングと背中がくっついたあともそいつのキスごっこは続いて、煩わしいと思いながらもある程度それに付き合ってやる。ああでもやっぱり、このキスは苦手だ。たとえ感触だけでも、視界さえ遮ってしまえば、バカな脳は勘違いを起こしてしまうらしいから。

「ねえ」
「なんですか」
「なんか変な感じなんだけど、これ」
「なんで」
「だって、女に犯されてるみたい」

クセになったらどうしようかな、と冗談混じりに笑ってみたら、クセにさせてあげますよとそいつが笑って、はい暗転、ここから先は有料となります。なんちゃって。


女装プレイのつもりが気づけば口紅プレイになっていた
事中より事前と事後が好きです