『返してほしくば現金200兆円をDICE総合受付係・組織人員番号506の元に持って来い。ちなみに506の居場所は下記に記載した。頑張って探し当ててね!』
紙面の下に書いてあった暗号を解くと、「嘘だよ!」という意味が浮かび上がった。それをとっても文面をとっても身代金の額をとっても、まさに子供のイタズラとしか思えない脅迫状だ。しかし実際に百田くんはこの脅迫状が送られてきた日から姿を消し、もう三日ほど連絡の取れない状態が続いている。これは王馬くん主導による確かな「誘拐事件」と考えて間違いはないようだった。百田くんは最年少飛行士としてなにぶん世間的に有名なので、すでにテレビやネットでは彼の誘拐がかなりの話題になっている。溢れかえるネットニュースの記事を見ていると自然とため息が漏れてしまい、眉間の皺を揉みながらいったんスマートフォンを机の上に置く。ちょうどそのとき春川さんが扉を開けて事務所内に足を踏み入れた。
「最原、そっちはどう?」
「うん、順調ってわけでもないけど……このまましらみつぶしに探せばなんとか場所が特定できるかもしれない」
座って、と応接用のソファに促すと、春川さんは自分の肩を揉みながら深くそこに座った。彼女もいろいろな人や場所をあたってくれているからかなり疲れている様子だ。雰囲気からなかなかに殺気立っていることがわかる。苦笑しつつ二人分のお茶を淹れ、春川さんの前に湯呑を置く。彼女は礼とともにお茶を一口あおった後、向かいに座った僕に「ねえ」と問いかけてきた。
「なんで王馬は百田をさらったんだと思う?」
「……やっぱりそこが問題だよね」
手口などももちろん謎だが、今回の誘拐での最大の謎はかなり初歩的な部分、王馬くんの動機についてだった。本気でこんな馬鹿げた額の身代金を要求しているわけはないだろうし、なぜ百田くんを標的にしたのかもわからない。そして百田くんが大人しく連れ去られたままであるということの意味も、僕と春川さんにはわからなかった。百田くんのことだ、反撃も反抗せずただじっと捕らえられているだなんて彼の性格上耐えられないだろうし、反撃を出来るだけの力はあるはず。王馬くんは百田くんを誘拐することに何の意味を見出しているのか、それは本当に王馬くんだけが持つ意味なのか。
「最原?」
春川さんの呼びかけにはっと顔を上げる。いつの間にか考え込んでしまっていた。でも今の思案によって、少し真相に近づいたかもしれない。春川さん、と呟いた僕の目に彼女の真っ直ぐな視線が刺さる。僕はソファに浅く座り直してから両手を組み、姿勢を前に傾けた。
「もしかしたらこの誘拐事件の被害者と加害者は、協力関係なのかもしれない」


「王馬、もう満足したか?」
ビーチパラソルの下で悠々自適にプァンタをストローで啜ってやがる男にそう声をかける。そいつはやたらにデカく縁がピンク色のサングラス(無駄にハート型なのがまたカンに触る)をずらすと、あは、と若干乾いた笑いを漏らした。
「それ、オレが百田ちゃんに訊きたいくらいだけどなー。自分の今の格好鏡で見てみたら?」
ほら、と差したその指はオレがつけている花の首飾りに向いている。それも!と動いた指の先は助手達とじいちゃんばあちゃん用に買った土産を持ったオレの手元を示した。ちなみにオレが今着ているのはアロハシャツで、下は動きやすい半パンだ。だがその出で立ちは王馬のほうも対して変わりはない。
「来ちまったからにはめいっぱい楽しむしかねーだろうが!うじうじしてても仕方ねーしな。テメーも家族と組織の奴らに土産買ったか?」
そういう気配りも出来てこそのボスってもんだぜ。言うと、王馬はオレから目を逸らしわざとらしいほど大きなため息を吐く。
「あのさあ百田ちゃん。キミ、いちおう人質なんだよ?なら、それらしい態度ってもんがあるんじゃないのかなー。こんなに全力でバカンス楽しんでる人質オレ初めて見たよ」
「まあ、前人未踏に挑んでこそ宇宙飛行士の器だからな。それにせっかく来たんだから楽しまねーともったいねーだろうが」
「……やっぱり百田ちゃんと会話するのは疲れるなあ。プァンタおかわりしてこよーっと。百田ちゃん、オレが戻るまでここで休んでていいよ」
オメーにだけは言われたくねーよと口にする前に王馬はデッキチェアから飛び降り、グラスを片手に近くの露店へ歩いていった。頭を掻きながら持っていた荷物をシートの上に置き、その隣に腰を据える。ここからだと冗談みてーに透き通るだだっ広い青が目によく映えた。こんな景色、サングラス越しに見るもんじゃねーだろ。投げ出した足の先に触れるクリーム色の砂は適度に熱い。



いつかこれで本出したいなー