・瀬戸内海(だいたいセトウツ)


「出来のいい作り話みたいなやつらじゃったなあ」そう言った蒲生に僕は一瞬同調しそうになってしまった。確かにそうだ、出来のいい作り話のような。救った人間と救われた人間と救われていた人間と救えなかった人間と救えない人間があの場に集って遊んでいて、その中心に、あの二人はいたのだ。
(田中くんとガッちゃん)

「東京どう?」「まあぼちぼち」「さみしない?俺に会いたいんちゃうん」「うん」回線の向こうで瀬戸が思いきり噎せた。はあ、と息を整えたあと上擦った声が『えーと』と呟く。「……ど、土日ヒマ?」「暇やけど」「ほんならまあ…行くわ」「無理せんでええよ」「無理させろやボケコラ!!」「怖っ」

そういえば死ねば自由やな。と思っはいいが月が明るいし瀬戸が抱きついきて身動きが取れないので隠れて手首すら切れなかった。「寒いなあ」「そうやな」「俺はな、ぬっくい日に死にたいねん。寒い日に死にたい奴なんかおらんやろ」「おるんちゃうん、べつに」「おらんわ」なんや否定モードか今日は。

ぐらりと足元から崩れるような感覚がして、どうにか逃れようともがいた後、気がつけば瀬戸に跨りその目をじっと見下ろしていた。この両手の親指は、大きな喉仏の上に二つ添えられている。「どうしたん」「……」何も答えない僕に瀬戸もまた何も言わない。多分このまま、首を絞めても、瀬戸は逃げない。

しまったと思った時には瀬戸は目を見開いていた。使う単語、間の空け方、視線を合わせる時間、全てを間違えた。普段はもう少し言葉を尖らせつつ適切な間を置いて、視線は合ったとしても一瞬。なのに今日は何もかも狂った。祈るような心地で瀬戸を見つめる。目を逸らしてくれる時を、じっと待っている。

少年Sの事件は今や世間で一番注目を浴びているニュースとなっていた。周りの噂もネットニュースも全てが少年Sの話。「将来棒に振って、アホやねえ」どこかの誰かが言っていた。鈍く響く頭痛が収まらない。お前らの誰があいつのことを語れようか。定義できようか。正しい言葉の使い方も知らないくせに。

「想くん、どこ行くん?」「…花火しに行く」「瀬戸と?」「うん」「…帰ってくるときお父さんに見つからんようにね」そう言って姉はぎこちなく微笑んだ。母のいるリビングからはテレビの音だけが聞こえてくる。手に持ったライターがやけに重く、それでいて手に馴染むように思えた。…二月はまだ遠い。

「ちゃんと起きれてえらいねえ想くん」朝、自室と違う旅館の空気に若干の違和を感じながら目を開けると瀬戸が俺を見下ろしていた。そしてそう呟く。なんやねんと返すと奴は楽しげに笑った。「昨日夜遅かったのに起きれるんやな」「お前も起きてるやん」「俺旅行のときだけ異常に早起きなタイプやねん」


・その他

「許してほしいという考えがそもそも傲慢なのだとようやく気がついた」「俺はお前からすべて奪ったんだ。はじめに母親を奪い、そこからずっと奪い続けてきた。これからも奪い続けるだろう。その前に、ルドガー、俺から逃げなさい」笑ってしまいそうだった。逃げるってどこに?…時計が一分ずれている。
(TOX2/ユリルド)

君が俺に向かって微笑んだその瞬間、頭の中にあるすべての色が飛び散る。それは混ざり合うとやがて見たことのない色になった。君の瞬きは映画のようにスローで、その一瞬がこの胸に焼き付くことなどあまりに容易く、永遠を思わせるには充分すぎるほど美しい。深海のような瞳はやがて三日月に歪んだ。


(P5/主喜多)