目の前に伸びる真っ暗闇の一本道は一生続いてんじゃねえかってほどに際限がなく終わりも見えなかった。まあオレの一生はもう終わったんだが。近くにあった木の看板に目を凝らすとそこには『地獄』と書いてある。あの闊達なじいさんの待ち受ける場所に、予定どおりたどり着いちまったらしい。さて、行き着く先が分かってるならあとは進むだけだ。暗闇を見据えて歩き出す。
「ユーリ」
一歩を踏み出したところで後ろから声がした。よく聞き慣れた声だ、そりゃあもうこの世のどんな音よりも耳によく馴染んでいる。半ば呆れつつ振り返ると、予想したとおりの人間の顔がそこにひとつ、相変わらずの澄んだ青を嵌めてじっと光っていた。
「探したよ」
「わざわざこんなとこまでか?そりゃご苦労」
何の用だよ、とその目を見据えればフレンはオレに向かって手を差し出した。
「僕と共に行こう」
「行くってどこに」
「ここではないところだ」
そう言うとフレンは瞳を上に向ける。つまり、ここと反対の場所か。バカだな、と思わず胸中で呟く。そこはオレに一番無縁の場所だ。
「行かねえよ。つーか行けねえな」
「そうか。分かった」
いやに物分りのいい返事が返ってきて思わず目を丸くした。と思えば奴はきりりと眉を上げて熱心なまなざしでオレを見つめるなりこう一言。「なら無理やり連れて行く」
つい「は?」と口から溢れたのも無理はないだろう。だから行かねえって、と返しても縛ってでも連れて行くの一点張りだった。物分りのいい?とんでもない、こいつが頑固で融通がきかなくて、オレと似て結局は力任せなところをオレほどよく知覚している人間なんてそうそういないってのに。堪えていたため息もついには大きな悲嘆となって零れ出た。なんでオレなんだよ。ほぼ無意識にそう呟けばフレンの奴は真顔のまま言葉を紡ぐ。
「君だからだ、わかってるだろう」
「わかんねえし答えになってねえよ」
「……君が隣にいることがいい時も悪い時もどちらもあったけれど、結局最後には僕は君の姿を探している。大した理由はないのかもしれない。理屈で表すには僕らは長く共に居すぎたよ」
「……何だよ、告白かなんかか?」
「……そうだな、そうかもしれない。理屈を抜いたときに一番明快な答えといえばこれかな。君が好きだ」
思わず面食らう。正直そこまで直球で来るとは思っていなかった。感情の行き場に困り、ハハハと意味もなく笑う。目の前の幼馴染はぴくりとも笑わない。笑えよバーカ。
「好きだから共に在りたいんだ。おかしいかい」
「は、はは。熱烈だな、おい」
「君はどう思ってる?」
勢いの止まらない騎士様はそのままオレに無茶振りをしてきた。言えってか?この状況で。もはや乾いた笑いを抑えることができない。ここでオレも好きだなんて返してこいつに連れられて天国に行ってハッピーエンド、なんてとんだお笑い種だと思わねえか。こんなとこまで来たが、場所が代わったところで本当のことなんか言えるわけがない。いやここまで来たからなおさらだ。……もうこいつにもそのへんバレてる気はしないでもないが。
「悪ぃが返事は無しだ」
その暗闇でもお構いなしに輝く青から目を逸らしつつフレンにそう返す。そしたらあいつはその答えも予測していた、という態度で間髪入れずに口を動かした。
「じゃあ返事を聞くまで追いかけるよ」
君の気持ちなんて関係ない、と言わんばかりの視線だった。矢のようにオレの網膜に飛んで、思いきり刺さる。そりゃそうだ、理屈のなくなったこいつなんか化物みたいなもんだ。今度は心から面白くなってきて、大口開けて笑ったらようやくあいつも笑った。ほの明く光る一番星、こんなとこには冗談みてえに不釣り合いなのに。バカだよなあ、お前。
「なあ。どこまで追いかけて来る気だよ」
「もちろん、地獄の果てまで!」