ざ、と腕のあたりに痛みが走る。目を向けるとそこからは鮮血がいくらか垂れて服を汚していた。敵の歯から僕の血が滴っている。……油断した。いくら素早い敵だからといって、遅れをとったのは確実に僕の慢心ゆえだ。ファーストエイドを唱えようかと一瞬考えるが、次の一撃はもうすぐそこまで迫っている。仕方なく剣を構え直し、傷を負った腕を庇いつつ刃を振り下ろした。結果どうにか一閃で仕留められ、安堵に胸を撫で下ろす。
「あーあフレンちゃん、痛いでしょ」
後ろからした声に振り返るとそこにはシュヴァ……レイヴンさんがいた。少し大げさなくらいに眉をしかめて僕の腕を指差している。
「いえ、見た目ほど深くもありませんから。すぐに治療できますし」
「そうなの?そりゃよかったけど」
笑みを返した後、今治します、と呟き詠唱の最初の部分を諳んじる。しかしそれはレイヴンさんの「待った」という一言に制されてしまった。不思議に思い彼を見やるとその目はにこりと細められる。
「フレンちゃん、もう術使うのきついでしょ。オレンジグミの類も今きらしてるしねえ。おっさんが回復したげるよ」
「えっ、しかしまだ一度くらいは使えますし……」
「遠慮しなさんな。協力は大事よん」
ぽん、と肩を叩かれ微笑まれる。その笑顔は紛う事なくレイヴンさんだったが、しかし僕の中に確かに存在している「目の前にいるのはシュヴァーン隊長だ」という意識は強く、ついには閉口を余儀なくされてしまった。彼は黙った僕に対し満足そうな表情を見せる。
「じゃ、行くわよ」
そう呟くとレイヴンさんは僕の胸をとんと人差し指で突いた。瞼がそっと伏せられ、その瞳には静かな光だけがたたえられる。突然の雰囲気の変容に思わず息を呑んでしまった。レイヴンさんは指で僕を突いたまま、こちらの鼓膜にだけ響くようにこう言う。
「愛してるぜ」
いつもの台詞だ、そう気付くのに何故だか数秒かかった。毎日聞いているのに。レイヴンさんの目が僕を捉えてそのまま射る。もはや弓なんていらないのではないか、そう思うほどに視線の矢尻は強烈な引力で僕に刺さった。呼吸も止まるほど騒がしい静寂だ。彼はもう一度僕の胸をとんと押してから、ふ、と微笑んで言った。
「つって俺様もTPなかったわ!嬢ちゃん呼んでくるから待っててねー」
「………わ、わかりました」
バイバイ、と手を振りながら駆けていくレイヴンさんを見つめながら、僕は大きな嘆息を漏らした。