「指輪も用意できねえのか騎士様は」
そう言って声を上げて大笑いする友人の人差し指は僕の手の中の花に向かって指されていた。一輪の黒い花だ。風に揺られながら沿道の日陰にそっと咲いていて、僕の足の先がその花に向いた瞬間に彼が好きだということを自覚した。だから急いで花を摘んで遠征先から彼の元へ帰ってきたのだが、……いざ渡してみればこの反応だ!確かに自分でも驚くほど間抜けだとは思う。20を過ぎた男が息を切らして男に花を差し出しながら告白をしているのだ。それに彼の性格上、こんなこと笑うに決まっている。それでも止められなかった。今回だけは絶対にユーリを逃したくなかったのだ。
「はあ。ここ最近で一番笑ったわ」
「……すごく失礼だぞ、君」
「しゃあねえだろ。イケメンの騎士団長様が肩で息しながらちっこい花持って『君が好きだ』だぜ?下町のガキ共でももうちっとは背伸びした告白できるっつの」
やべえまた笑えてきた、と呟いてユーリは再び大きな声で笑い出す。僕はといえばただただ顔を熱くするばかりだ。やはり思いつきで行動するのは良くない、せめてもう少し頭を冷やしてから伝えるべきだった。そう思い花を差し出す手を引こうとしたとき、ふと彼の白い指が僕の腕を掴みそれを静止した。
「待てよ。もらわねえとは言ってねえ」
ユーリの指は花まで滑り、僕の手をするりとなぞる。漆黒の瞳は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「くれよ」
「……、指輪を買ってくるよ」
「拗ねんなよ、例えだって。指輪は性に合わねえしな」
僕が手を解くとユーリは花を柔らかく掴んだ。花びらを軽くつまみながら笑っている。
「まあこっちも柄じゃねえけど。……悪い気はしねえな」
そう言って上機嫌そうに微笑んだユーリは、その瞳の中に僕をじっと閉じ込めた。そういえば昔から、その目に吸い込まれそうだとよく考えていた。もしかしたら僕はずっと以前からこうして彼に捕われていたのかも知れない。僕の思考を知ってか知らずか、ユーリは静かに目を細めた。
「ありがとよ」
その笑顔はなんだかいつもの彼らしくなく、とても純粋な喜びに溢れているように見えた。まさか、と思いながら僕は息を呑んで次の言葉を待つ。……が、一向に先は紡がれない。
「あの、返事を言ってくれないか」
「言わなきゃわかんねえか?わかるだろ、なんとなく」
「きちんと言葉で聞きたいんだが」
「やだね。言わせたきゃ次は花束持ってきな」
「……君というやつは本当に…」
でも好きなんだろ。そう言われて僕はついに閉口した。昔から口では彼に敵わないのだ。妙に勝ち誇った顔をした彼を見つめながら、僕は一番近くの花屋はどこだったかを懸命に思い出そうとしている。