一二三と温泉街に旅行に来た。ちょうど紅葉がきれいな季節だから、一二三は「SNS映えする」と大はしゃぎだ。写真を撮るたびバズったかと訊いてやると元気な声でバズった!と返すのが少し面白い。
この旅行のために有給を取れるだけ取った。同僚いわく課長が今までで一番不満そうな顔で俺を見つめていたらしいが、俺は課長の神々しい頭しか視界に入れていなかったので特にダメージはなかった。もう課長に嫌われようが課長がハゲようがどうでもいいのだ。スマホの加工アプリをいじっていた一二三が不意に顔を上げて俺に笑いかけてくる。
「なあなあマジでヤバくね?独歩の隈どう加工しても全然消えねーんだけど」
「悪かったな、SNS映えしない顔で」
ハハハと無遠慮な声を上げながら一二三はスマホをポケットにしまう。そこにちょうど紅葉が落ちてきて、小学生よろしくの挙動で一二三はそれをキャッチした。葉っぱをくるくると回しながら超キレ〜と呟いている。こいつは何を見ても楽しそうだ。正直少し羨ましい。俺もこんなふうに生きられたらもっと楽だったんだろうか。
いくつかの温泉を巡り、時に貧血寸前になりながらも俺達はまたとない温泉旅行を満喫した。最近家でシャワーを浴びるくらいしかしていなかったから風呂の良さというのが身に染み渡る。「やっぱシャワーだけじゃ疲れなんか取れねえっしょー」とは一二三の談だ。確かに日頃の疲れがかなり取れたように思う。取れたところで仕方ないのだが。
「独歩ぉ、このへん超景色よくね?」
ふと立ち止まって一二三がそう言った。言われてみれば海が見渡せるここは都会にはない自然としての美しさがある。水平線に沈む夕日は絵のようにおごそかで、見ているだけで涙が出てきそうなほどに穏やかな光景だった。絶景スポットだと思うのだが意外にもあたりに人は少ない。一二三もそれに気がついたのか、何度かあたりを見回してから上機嫌そうに微笑んだ。
「ちょうどいいじゃん。明日このへんで死のーぜ」

もう疲れたからどっかに死にに行く。何杯も酒を呷ってベロベロになった俺はある日一二三にそんな宣言をした。一二三はへえーと軽い相槌を打ったあと、「んじゃ俺っちも死ぬわ」とこれまた軽い調子でそう返してきた。どうせなら最高に贅沢をしてから死にたいという意見で意気投合した俺達はその足でコンビニに旅行雑誌を買いに行き、一時間ほど揉めてからなんとか旅行先を決めた。遺書はパワーポイントで作った。希死念慮上昇の年間推移をグラフ化して御社のクソ加減を見やすく表にしてから一二三に見せると腹を抱えて爆笑していたので少し嬉しかった。そして出発の前日、本当に俺なんかに付き合う気かと訊いてみたら一二三はこう言った。
「おー。独歩がいなくなるっつーんなら、俺っちももういいし」
何はともあれ俺達は明日死ぬのだ。旅をあらためて振り返ると当初の予定どおりなかなか贅沢な楽しみ方が出来たと思う。温泉に死ぬほど入れたし、昨日の夕食は蟹だったし。あと今日は大量の酒とつまみを買い込んでこんな夜中まで一二三とウノをしたし。ジェンガも持ってくりゃよかったーとため息をこぼす一二三は小学生の頃と何も変わっていなくて、それがあまりに居心地がよかった。
お高い旅館の布団はどうしてこうも寝心地がいいんだろうか。畳からも何か高級な香りがするし、まるでこの世の天国だ。明日もここで目を覚ませるのか。しかも、起きる時間は決まっていない。憂鬱な気持ちでアラームを止めることもニュース番組左上の4桁を気にすることもしなくていいんだ。ああ、世界はなんて美しいのだろう。明日が来れば、俺はこの素晴らしい世界で死ねる。一二三も一緒だから何も怖くはない。俺は自由だ!そう心の中で何度も呟きながら、俺は強く瞼を閉じた。きっと自由だ。明日が来れば、……。
「ヤベーって独歩ぉ!ここのトイレさあ、戸棚開けたらなんかいろいろ入ってんの。ちょ、一回行ってみろって!」
「あれ、独歩ちんもう寝た?」
「のび太くんかよ!」
「えぇ、マジで寝た?」
「疲れてたんだなー、独歩」
「ちぇー、恋バナしよーと思ってたのに。修学旅行の夜的な?まー俺らそんなん縁ないけど」
「俺っちも寝よーっと」
「おやすみぃ」
「あっ」
「独歩!さっきウノって言ってねーじゃん!」