一度だけロイエンタールと寝たことがある。抱いたのはおれのようだったが、そのときのことについて実はあまりよく覚えていない。ただ朝起きると友人がシャツを一枚だけ羽織って窓の外を見ていて、『ゆうべはご苦労だったな』と茶化すように言った、それくらいの記憶しか持ち得ていなかった。
「ミッターマイヤー、卿は今日のことをきっと忘れるだろうな。卿はおそらくそういう風に出来ている」
それから数日経ったある日、急にロイエンタールが言っていたその一言をぽんと思い出した。加えてほんの僅かな視界の記憶も付随した。よれたシーツに寝そべる友人は額に大粒の汗をかき、左右それぞれの瞳を楽しげに涙で濡らしていた。ああそうだ、この男は美しいのだ、と纏まらない思考の中でぼんやり考えていたことも記憶に蘇る。蘇った瞬間、ひどくいたたまれない気持ちになった。おれは妻以外を抱き、妻以外を美しいと心から思ったのだ。許されざる罪だろう。しかも相手は何よりも大切な友だというのだからなおさらだ。
夜、件の友に飲みに行こうと誘われた。なんとなく視線を合わせづらく、顔を伏せながらそれを断る。するとロイエンタールはすべてを得心したような声を出して笑った。
「まさか思い出すとは思わなかった。あの日の卿はひどく酔っていたからな」
「すまなかった、ロイエンタール。あまりに軽率なことをした」
「ふん、公明正大もここまでくると窮屈な鎧だな。それならばおれは銀河一軽率な男になるだろうさ。忘れてしまえ、あんな些細なことは」