・大逆転

「成歩堂、久しいな!」快活に笑うその男は明らかにこの場にいるはずのない存在だった。ぼくの上にのしかかり楽しげに目を細める亜双義一真享年二十余歳は、ぼくの肩をばしんと叩ーーきたいのだろうがその手はするりとぼくの体を通過する。「む、触れは出来んか。やはり何かと不都合だな、この体は」
「いや、おまえ、その…何というか…今どういう存在なんだ?」「幽霊、亡霊、怪異、…他に何か言い様はあるか?」「…お、オバケ…ってことか…やっぱり」「ああ、そうだな。キサマの語彙に似せて言うなら、まさしく『オバケ』だ」気が遠くなる。ぼくは今夢を見ているのだろうか?意識に曖昧が過ぎる。
亜双義一真が化けて出ている、という衝撃の事態はひとまず、一旦、どうにか置いておいて、まず自分の根底にあったオバケの定義とこの男の様子があまりにかけ離れていることから驚きを覚えさせてもらいたい。こんな大口を開けて目尻に皺を作って弾んだ声をあげている奴が、本当にオバケだっていうのか?
「やっぱり霊になるとその…うらめしいのか?」「いや、特にうらめしくはない」「お皿を十枚出したつもりが一枚足りなかったり」「そもそも皿を手にする機会がない」「足は…あるしな」「絶賛歩行中だな」「…おまえ霊じゃないんじゃないか?」「キサマの霊に対する固定観念が強すぎるだけだろう」
ぼくの想像していたオバケっていうのはもっとこう、白い三角巾を頭に付けて、土気色の顔をしていて、両手首を力なく胸元まで上げて、何かにつけて「うらめしや」と言う、そういう姿だった。しかし亜双義は頭に何もつけていないし(鉢巻すら無い)顔色は頗る良いし動作がとてもきびきびしている。
(龍アソ/くぅ憑か)

「刑事さん、西洋舞踏を見たことはありますか?」ぬるい風に身をさらしながら、亜双義さまはそのようなことを私に問う。これは何とも、専門とも言える分野を投げかけられてしまった。「実は私、大のバレエ好きでございまして」「なんと!それは素晴らしいことだ」亜双義さまはどこか満悦気にゆるく頷かれる。「良いものですね、あれは」「ええ。あの美しさは、筆舌には尽くしがたいですね」「やはり造詣が深くていらっしゃる。…実は先日、露西亜の西洋舞踏団の日本公演に足を運びまして。そこで見たものにいたく感動してしまった次第です」「ああ!先の公演ですね。あれは確かに素晴らしかった」亜双義さまは風に髪をなびかせながら、ふっと微笑む。居るだけで絵になる方だ。「人が何かを表現することの美しさを垣間見ました。表現は宝だと思い出すのにあれは最適だ」「亜双義さまは、娯楽などもよく嗜まれるのですか?」「ええ、人並みには。寄席にはよく連れられますし、通俗小説なども少々は読みます」「ははあ、成程」「娯楽は良い。凝り固まった頭が程よく解れます。…とある男のおかげで、それが骨身に沁みました」
(亜双義と細長)

"ぷろぽーず"の言葉ならもちろん覚えておりますとも。あの方は少し曇った倫敦でのお昼時、細々と光の差し込む事務所で、ダルマさまの空いた眼に筆を入れたわたしの手を急いた様子で取られたのです。まじめな面持ちでわたしを見つめた成歩堂さまは、やがてこう仰られました。「猫はきっと二匹飼います」
(龍スサ)


・P5(ネタバレあり)

俺に抱かれたあと明智は静かにベッドから出ていったが、俺にこうして気づかれるあたりまだまだ不慣れな子供だと思った。そして出ていくときの絶望したような顔が、昔抱いた女によく似ていた。その女は目鼻立ちがすこぶるよく、しかし要領がすこし悪かった。この男に本当によく似ている。
(獅明)

「お父様、きっとロボット三原則を知らなかったの」「ロボットは人を傷つけちゃいけないし自分を守らなくちゃいけないのに」俺は春の手をそっと握る。俺よりたったひとつだけ歳上の、彼女の心に触れようと躍起になっていたのだ。しかし彼女は俺を一瞥すると諦めたように笑う。「さわらないで…」
(主春)


・その他

「最原ちゃんさあオレがバグってるって決めつけてるけどホントにバグってんの最原ちゃんだからね」「あれ、今日は調子いいの?ちゃんと嘘言ってるね」
(論破V3/最王)

あんまりにも何もない世界になってしまったので、馬鹿らしいねと言ったらクソガキは泣いた。これでやっと安心して死ねるし、その先も生きていけるんだそうだ。俺はその言葉を鼻で笑った。そうする義務があるような気さえした。確か89回目の夜のことだ。
(P4/主足)