「ホームズさんは昔からこういう人だったのですか?」
アイリスちゃんが作ってくれた御馳走へ上品に手をつける御琴羽教授にそう問い掛けてみる。彼は食べている物を飲み込んだあと丁寧に紙で口を拭うと、そうですね、と考え込む仕草を見せた。すると横でそのやりとりを見ていたらしいホームズさんが陽気な様子でこちらに割り込んでくる。
「なんだいミスター・ナルホドー。昔からボクが立派な名探偵だったかって?久々に聞いたな、愚問というモノを。さあミコトバ、華麗に答えてやってくれたまえよ」
「これでも昔よりはかなり落ち着いたほうかもしれませんね」
ホームズさんの囁きを華麗に無視した教授はぼくにニコリと微笑みながらそう言った。落ち着いているのか、捜査中に動き回ったりある日急激に落ち込んだりととにかく忙しない今のホームズさんが。しかも『かなり』落ち着いているという。とすれば昔の彼はいったいどれほど破天荒だったのだろう。ぼくの思案を完璧に読み取ってくれたのか、教授は昔のホームズさんについて話し始めてくれた。
「昔のホームズはなかなか困った男でしたよ。何より若さが有り余っていましたから、今以上に活発かつ感情の波が激しくてね。まあ、推理に関しては当時から鋭すぎるほどでしたが」
「うわあ、そうなんですね」
是非とも会うのはエンリョしておきたいな。そう思ったのがバレてしまったのか、「キミはサラリと失礼だね」とホームズさんが拗ねたように呟いた。あまり人の心を読まないでほしいものだ。
本格的にいじけてアイリスちゃんに遊んでもらいに行ったホームズさんを尻目に、御琴羽教授は微笑みながら紅茶を嗜んでいる。アイリスちゃん、また腕を上げたな。そう思いつつぼくも二杯目を注ぎ足そうとした時、ふと教授がぼくの名を呼んだ。学生に染み付いた本能だろうか、教授に名前を呼ばれると必要以上の大声で返事をしてしまう。教授はぼくのそれにも慣れた様子で頷き、向こうのホームズさんをちらりと一瞥した。
「先刻はああ言ってしまいましたが、彼はずいぶん頼もしくなりましたよ。人の奥の面をよく見るようになりましたし、父親としても立派になった」
「そうなんですか?」
「ええ。面と向かって言うのはなかなか気恥ずかしいのですが、彼は自慢の相棒ですよ」
少し照れくさそうに笑う教授の顔はとても珍しいもので、本当に二人は仲の良い友人なのだということを改めて実感する。あのホームズさんとあの御琴羽教授が友人だなんて初めこそ驚いたものだったが、お互いどこか惹かれるところがあるのだろうな。
「ホームズくん、お茶が入ったよー!」
奥の部屋からアイリスちゃんの声が響いた。その瞬間何故かぼくの体がガタリと揺れる。いや、ぼくの体ではなく椅子自体が揺れたのだ。まさかと思いつつ後ろを覗き込むと、予想どおり柔らかそうな金の髪がそこに蠢いていた。御琴羽教授は少しだけビックリしたような顔をしたが慣れた様子ですぐに元の調子に戻る。
「ホームズ。盗み聞きですか」
「……ううん、人聞きが悪いな相棒。聞き耳を立てていたと言ってもらおうか」 
何が違うんだと困惑するぼくの横で教授が苦笑している。アイリスちゃんがもう一度ホームズさんを呼び、彼は軽快に奥へと手を振り返す。
「さて、光栄な言葉も頂けたことだしボクは退散するよ。我が娘の世界一ウマい紅茶をどうぞ楽しんでいってくれたまえ」
「次はあたりをよく確認して話すことにしますよ」
軽口を叩いて少し笑ったあと、ホームズさんはひらりと片手をあげアイリスちゃんの元に歩いていった。御琴羽教授はにこにこと微笑みながらまた紅茶を優雅に味わいだす。ぼくもまた先刻のようにお茶を嗜むことに徹しようと思ったが、しかし。偶然にもぼくは見てしまった。アイリスちゃんの元へ戻っていくときのホームズさん、その口元には堪えきれず溢れ出したような笑みが浮かんでいたのだ。子供が親に褒められた時のようなひどく幼い顔だった。ちょうど御琴羽教授が目を逸らした瞬間だったのでぼくしかアレを見ていない。何となく、ぼくが見てしまって良かったのだろうか、という気分になる。
「成歩堂くん、もう紅茶は良いのですか」
そう声をかけられて慌てて"かっぷ"を手に取った。ちらりとホームズさんのほうを見やれば、彼はもういつもどおりの『ホームズさん』の顔をしてアイリスちゃんや寿沙都さんと笑い合っている。なんだか少し気まずい感情を持ち得ながら飲んだ紅茶は、しかしいつもどおり美味しいので唸る他はなかった。