「何書いてるんすか?」
後ろからした声に振り向くと、天海くんが僕の手元を見つめながら柔らかく微笑んでいる。彼はいつもたいてい学校にいないから、こうやって教室にいる天海くんを見るのは少し新鮮だった。机上トラベル紀行だよ。そう答えると、「へえ」とわずかに弾んだ声があがる。
「見てもいいっすか」
「あ……うん。下手な旅行記だけど」
本を手渡すと、天海くんはこっちに礼を言いながらわくわくとした表情でページを開いた。真剣な眼差しが僕の粗削りな紀行を読み解いていく。とてもじゃないけど超高校級の冒険家に読ませられるような内容ではないのでなかなか気恥ずかしいものがあった。
「最原君」
不意に名前を呼ばれて少しドキリとしてしまう。何?と慌てて返事をすると、彼は輝く瞳を僕に向けて子供のような笑顔を浮かべた。
「これ、現実にしないっすか」


え?と返した僕の手を引いて天海くんは教室を飛び出した。そのまま空港へ向かい飛行機に飛び乗って、何だかよくわからないまま今僕はベネチアでゴンドラに揺られている。隣に座る天海くんは上機嫌な様子で流れていく街並みを見つめていた。水面が夕陽に照らされてぴかぴかと光る。
「なんていうか、やっぱり冒険家なんだね。天海くんって」
「はは。やっぱりってなんすか」
「思いついたらすぐ動ける行動力っていうか、前に進むことへの怖さがないことがすごいなと思って」
天海くんは柔らかく僕に笑うと、夕陽に目を向ける。
「怖さは人並みにあると思うっすけど、それより体が動いちまうんすよね。好奇心が人より強いのかもしれないっす」
「好奇心?」
「俺の場合はあれっすね、冒険心」
少し照れくさそうにはにかむ天海くんに僕も笑みを返す。