表記ないのは龍アソ
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「何か、昔こうしてさ、抜け出したよな。講義」「昔といっても一年前だがな」「案外誰も気が付かなかった」「そんなものだ」「……夜明け前には帰らなきゃな」呟いた言葉は微かに響く波音にさえ掻き消されそうだった。亜双義はぼくに振り返り、「まだ月が明るい」と言って笑う。何となく不安になって、その指先を控えめに握った。「どこにも行くなよ」「…何を言う」行き先は同じだろう。そうぼくに語る眼差しが夜の空気に融ける。

玄関先で我慢出来ずに亜双義へ喰らいついて、そこから許されるままに体を貪った。ほとんど一ヶ月ぶりに会ったのも原因だったのかも知れない。ぼくはいろんなことを早急に、思うがまま行ってしまい、ようやく動きを止めたのは亜双義がかくんと膝を折った時だった。「底無しか、キサマ」振り返らずにそうぼくを非難する亜双義の首筋、汗が美味しそうに光っている。「…ちゃんと聞いているのか?」

オレは誰だ?ここは何処だ。「大英帝国へ行け」鏡は無いのか、暗い、ああ出口が「大英帝国へ行け」ある。床が規則的に揺れている。船の上か?どうしてこんな所に寝かされていた?「大英帝国へ行け」枕元にあった花は何だ?オレはこれから何を「大英帝国へ行け」すればいい。オレは「大英帝国へ行け!」
(亜双義)

昔叔父の家に泊まった際、叔父が飼っていた猫が布団へ入り込んできたことがあった。ぼくの布団を捲り中へ潜ろうとする亜双義にそう言ったら、「オレが猫に見えるか」と一笑に付される。「喉でも鳴らしてやろうか?撫でてみろ」暗がりでもぼくの期待をはっきり見抜く精密な夜目、ある意味猫に似ている。

「まっ、待ってくれ、亜双義!」引き倒された畳が背中を擦って痛い。強い力で腕を固定されて身動きの一つも取れはしなかった。亜双義の目がとんでもない温度でぼくを見据えている。「せめて湯浴みをしてから」「黙れ」切り捨てるようにそう言われ首筋に噛みつかれた。後はもう何を言っても無駄だ。

心地の良い波音が鼓膜に響く。ここはどこだという疑問も雄大な海と照る日差しの前には風化してしそうな程、ここはあまりに美しい場所だった。見たことのない大きな木が風で揺れる。先刻道で摘んだ派手な花を見ていると、亜双義がその花弁を一枚千切った。「奇妙な花だ」「そうか?綺麗だと思うけどな」
(ワイハに飛ばされる龍アソ)

「おまえの奥さんって本当に楽しい人だよなあ」「ああ、そうだろう」「何だかすごく話が合うんだよな。この前も落語の話ですごく盛り上がってさ」「そうか」「いい人を見つけたな、亜双義」「ああ」

「帰るのか」そう言ってぼくの開けるべき扉を、亜双義が後ろから押さえている。「帰る、つもりなんだけど」「そうか」と答えつつ扉から手を離す気配はない。それどころか、手首に指が這いはじめる。何度かぼくをなぞったそれは最後に指の隙間を軽く引っ掻いて、思わず体が跳ねた。「帰るのか?」

「加減しろ、成歩堂」「さっさと離せ」「オレが逃げると思うのか?」「おい、何を泣いている」「フフ」「……」

「フフフ…いかがか?オレの相棒の飲み姿は見事に愛らしいでしょう」「二人には本当に申し訳ないのだがボクのミコトバのほうがカワイイ」「キサマ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(相棒の飲み姿カワイイグランプリ ワールドカップ)

「あたしと《死神》くん、目の色が同じだね」少女はそう言って怜悧の滲んだ瞳を細めた。聡明な瞳の輝きには亡き兄を、目尻に宿る穏和には亡き義姉を思い起こさせる。彼女の中には確かに私の愛した人々の、気高く美しい血液が流れていた。「ホームズくんがいつもアイリスの目は宝石のようだって褒めてくれるの。だからあたし、この色が大好きなんだよ」「《死神》くんの目も、宝石みたいでキレイなの」
(叔父と姪)

『成歩堂』さんと寿沙都ちゃんが、まるで今この瞬間運命を見つけたかのような意味有りげな目でお互いを見つめ合っているところに遭遇して、あたしは思わず足を止めてしまった。成歩堂さんを見つめる寿沙都ちゃんの横顔はあまりにも綺麗だ。あたしは、……あたしは寿沙都ちゃんのことが好きなのかな?
(スサハオ/ルポルタージュ2巻パロ)

ついに近日となった式の準備もとうとう終わり一息をついていたある夜、御琴羽の家にハオリさまが訪れられた。「寿沙都ちゃん、急にごめんね。龍太郎さまに会わせて欲しいの」決意を秘めたようか強い眼差しに押され、わたしは久方ぶりに『龍太郎』の姿に変わる。ハオリさまは目尻に涙を光らせながらわたしの学生帽に手を伸ばすと、宝物のようにその胸へと抱いた。そしてこの肩へと頭を預けられる。「龍太郎さま、肩を抱いてください」言われて、微かに震える肩にゆっくりと手を添えた。ハオリさまの華奢で可愛らしいお体を全て包み込むことさえ、この小さな手には出来なかった。オレやぼくやわたしでは貴女を攫えないけれど、いつか素晴らしい貴女の肩を抱き涙を拭い、幸福へと攫う人物が現れるのだと思う。ハオリさまは顔をあげて、目尻に涙を溜めるとついに『わたし』を見た。「ありがとう、寿沙都ちゃん」
(スサハオ)