黒く靡く洋風の羽織がぼくの目を覆うように前を通りすぎていく。亜双義、と声を掛ければ、暗い瞳がゆっくりとこちらに振り返った。暖かくぼくを見守っていた以前の目とは比べ物にならないほどただ重く、冷たい。歓迎されていないことは瞼を閉じようと耳を塞ごうと確かに伝わってくる。けれどここで引く気にはどうしてもなれなかった。
「裁判、終わったのか」
「キサマには関係ない」
間髪を入れずそう返されて少し怯んでしまう。煩わしそうに眉間に皺を寄せて嘆息を吐き出す亜双義は全身でぼくを拒絶していた。
この大英帝国、倫敦でぼくは死んだはずの亜双義に再会した。最初は幽霊か何かかと疑ったものだけれどその体は確かに亜双義のもので間違いがないようだった。少し曖昧なのは、亜双義の心が昔とずいぶん違ってしまっているせいだ。まず亜双義はぼくや寿沙都さんのこと、日本での自分の人生を何一つ覚えていないらしい。どうしてそうなったのかの原因は未だ分からないけれど、ともかく今の亜双義はまるで他人のような口振りでぼくを見てぼくと話すのだ。初めて倫敦で再会した時にぼくに向けられた、あの氷のような視線は夢にすら現れてぼくを苦しめる。そしてもうひとつ、亜双義は今、弁護士ではなく検事になっていた。弁護士という職業にあれほど強い思い入れを見せていた亜双義が、弁護士以外の職に従事している。それはぼくの根幹を揺るがすのにあまりにも充分な事実だった。ぼくの弁護士としての始まりにいるのはやはり亜双義だ。その始点が変容するのは、ぼくの中でどうしても大きな違和を生んだ。生まないはずはなかった。けれど、これだけならばまだ受け入れることが出来た。亜双義から受け継いだぼくの意思はすでに強く心の底に根付いていて、ぼくが弁護士を続ける理由はもう亜双義だけではなくなっている。たとえ亜双義が今ぼくと違う道を歩んでいても嫌だなんてことは思わなかった。それに検事という職であれば司法を内側から変えられるし、弁護士と同じように人を救うことが出来るだろう。亜双義はきっと、検事としての新たな志を手に掴んだのだ。最初はそう思っていた。それで終わっていられたら幸いだった。
「裁判所でよくおまえの噂が聞こえてくる」
出そうとしていた声よりも暗いものが出てしまった。亜双義の目はぼくには向けられず、相変わらず違う方向に逸らされている。
「ぼくはおまえを信じているけど、あまりにもああいう噂が絶えないのは何かおかしいんじゃないかと思う」
「何の話だ? 言葉を暈して無駄な問答を増やすな」
ようやくこちらに視線を寄越した亜双義は心底つまらなさそうな顔をしていた。出来る限り目を逸らさないよう努めて、相手に届かせるために言葉を口にする。
「違うならただ違うとだけ言ってくれ。……証拠の捏造をしているって噂は、本当なのか」
ここで即座に否定してくれればただのぼくの杞憂で済んだ。


2であそぴっぴょ闇堕ちしてたらこんなんでしょ!?てのを書こうとしたけど頭いい会話書くの無理でしぴ