びっくりした。それはもうびっくりした。心臓が止まりかけた。そんなにびっくりするようなことでもないのに、目ん玉飛び出しそうにさえなった。理由は、ただ、後輩の笑顔が思ったよりも可愛かったってだけ。中学時代にさんざん見てきた、むしろ中学時代のほうが無邪気で可愛らしかったそいつの久しぶりの笑顔が、こんなにも俺を驚かせる効力なんて持ち合わせていないはず。なんだが、20代男の笑みにしてはまあちょっと幼いかなと思うぐらいのそれに対して、こんなにも動揺している自分は確かに存在しているわけだ。それは変えられない事実であるわけだ。照れくさそうな、しかしながらやたらと嬉しそうな後輩の笑顔が、頭の中を巡回している。首の後ろを掻きながら、擬音で表すとにへら、といった風に。他愛もない日常会話での、ほんの少しの表情の変化。そこに揺さぶられる自分の網膜にはもはやクエスチョンマークを浮かべるしかないんだが。だが、真実を追うとすると、金色の髪が揺れて、グラサン越しに目を細め、口元を綻ばせた後輩はやっぱりなかなかどうして可愛いものだったさ。女から見たら『きゃあ可愛い』って叫びたくなるだろうぐらいには。
池袋の喧嘩人形、なんて呼ばれているこいつのこんな間の抜けた顔を知ってるやつなんて、ここらでは俺くらいのもんじゃねーのかとちょっとばかし自惚れるほどには。

「トムさん?どうしたんすか?」

はっ、と我を取り戻したときには、目前にあった後輩の不思議そうな表情。なんだか知らんが照れくさくて、1、2歩後ずされば、今度は後輩が驚く番だ。目を丸く見開いたかと思えば、だんだんと表情を曇らせていく。曇天色の後輩の顔は土砂降り5秒前で、それでも歪な笑みを貼り付けている。だがその虚勢は、次に発する俺の言葉次第ではトランプタワーのようにいとも容易く崩れ去ってしまうだろう。やばい、今のはまずかった。どうやら怖がられたとでも思ったらしい。

「お、俺、なんかしました…?」