きゃーっ、と花も恥じらう女の子のような声を出してみぬきちゃんはオレにしがみつく。腹に回された腕を細いなあと思った。そうかまだ中学生だっけ。坂道はまだ続き車輪の回る速度は増して、なのにもっと速く、とねだられ苦笑する。「あ、オドロキさん、夕日!きれいですねー」「見る余裕ないんだけど」
(逆転4/おどみぬ)

雨ざらしの廃屋で破れて綿の飛び出たソファに影片が腰掛ける。勢いよく座るものだから埃が辺りに舞い上がった。マドモアゼルを庇いながら咳をする。輝く瞳のまま影片は僕を呼んだ。「お師さんの家は立派やなあ。おしゃれやし豪華やもん」なあマド姉、と微笑む影片にマドモアゼルは「そうね」と言った。
(あんスタ/宗とみか)

「羽風ーっ!」「なに、もりっち」高校の思い出ってのは自分で思っているよりもけっこう多くて、こんなのはその中のほんの一部だった。けれど一度思い出してみると意外に痛烈に輝いているから驚いた。この前同窓会で会ったからかなあ。記憶の中でもりっちが俺に手を振る。「羽風っ!」なに?もりっち。
(あんスタ/ちあかお)

大きな桜の木の下で亜双義がぼくに手を振っていた。その目が月明かりに負けず鈍く光る。歪んだ口元はぼくの名を呼んだ。何故か足を踏み出す気になれず、少し離れた場所から手を振り返す。「来ないのか?」曖昧に苦笑を返した。何だかお前が怖いんだ、現とは思えなくて。なんて言ったらきっと笑われる。
(大逆転/龍アソ)

「兄さん?」こっそり帰ってきたつもりだったが、気づかれたようだ。ルドガーの部屋の窓から細い月明かりが差し込む。「おかえり。……暗いな。電気つけて」「見えない」「ええ?分かるだろ、スイッチの場所くらい」分かるわけがないさ。こびりついた血の臭いだけはせめて気づかれないようにと祈った。
(TOX2/クルスニク兄弟)

「ルドガー最近すごく疲れてるでしょう?お節介かもしれないけど、これ良かったら食べて」そう言って渡されたものがこのレモンのハチミツ漬けだった。ドラマや映画で見たことがあるぞ、この状況。女子マネが片思いの男に渡すやつだ。この場合どちらも男である事にがっかりすべきなのだが、何故だか俺は素直に胸をときめかせていた。口に合うといいんだけど、と恥じらう姿が妙にかわいい、ああジュードお前、俺に新たな枷を作るのはやめてくれ。
(TOX2/ジュルド)

誰かに盗られるくらいなら、と今日も旅館のカラオケスペースでお客さんが歌っていた。結局宴会は朝まで続いたらしい。私は学生という特権もあって途中で解放されたけど、朝にみんなの話を聞くとそれはもう大変だったらしかった。「よかったねー雪子、うまく逃げれて」「ほんとだね」私の話に千枝は今日も笑ってくれる。これもいつまで続くか分からない。誰かに盗られるくらいなら、その続きにね、ねえ千枝私、共感しちゃったの。きっと怖がられちゃうね。一生言えない。
(P4/千枝雪)