「後悔していないか」
大学の道から随分外れた細道の途中にあまり大きくない鳥居がある。奥にはとても小さな神社と灯籠が二つ、昨晩から降りつづける雪をこうべに被せて冷え冷えとそこに立っていた。控えめに敷かれた石畳もすっかり白で覆い隠されている。中に入ろうとは思わなかったが、どうしてか目に留まった。オレが足を止めたのに合わせて、後ろから聞こえていた雪を踏む音も止む。後悔って何の、と呟きのように返ってきた返事はどうにも聞こえづらかった。きっと雪のせいだろう。
「キサマはじきにオレと倫敦へ向かう。正規ではない方法でだ」
「オレと来るという選択をしたことを悔いてはいないか」
背後でおさえた笑い声がする。きっといま眉を下げて微笑んでいる。
「気が早いな。行く前から後悔なんて出来ないよ」
水が溜まり薄氷を張った賽銭箱が網膜をひっそりと刺した。久々に相手の目を見ず会話をしている。キサマの父上に叱られてしまうかも知れんな。
此処に来るまでに付けた足跡などすぐに陽に溶けて消えるのだ。帰路はとうに消え去っている。ようやく後ろを振り返れば成歩堂は鳥居の奥を興味深そうに見詰めていた。頬や鼻の頭が赤く染まっている。
「お参りしていく?」
もはや神など去っていそうな寂れた神社を指差し、オレにそう尋ねる。長く息を吐いたのち、ゆるく頸を振った。
「今日はいい。それより、牛鍋でも食いに行かないか」
そう言ったら男はこちらに振り返って大きく頷いた。ようやく視線が合った、と些細なことばかり考えた。


100個ぐらい同じようなの書く芸人