・大逆裁(龍アソ)

頭の中で刻みつけておこうと必死にかき集めた記憶の破片を少しずつ取り零していく。全て覚えていられると思っていた。けれど現実はあまりに酷で、忙しなく、果てがない。あの声が輪郭を無くしていく。忘れたくはない。「またな、相棒」そう言ってぼくの手を握った男の笑顔。大丈夫だ、まだ思い出せる。

普段は柴犬のように愛嬌のある眼差しをこちらに向け穏やかにこちらに着いてくるこの男も、今は大型犬のような荒々しさでオレの首元に顔を突っ込んですうはあと雑な呼吸をしている。どちらにしろ犬には近いが、今が一番それらしかった。首輪でもつけておければ楽なのだが。「がっつくな、行儀が悪いぞ」

もはや口に出してくれたほうがましだ。ぼくの手のひらに口づけを落としたのち手甲の紐を外していく動作ときたら、確実に"そういった"意図を孕んでいる。「亜双義」「どうした」「今ぼく、本を読んでるんだけれど」「そうだな」言ってすぐ、その舌がぼくの指の隙間に滑り込む。……無駄だ、抗えない。
(お題:構え!構え!構え!!)

遺品の底から手紙が出てきたと寿沙都さんに知らされた日から、ぼくの心は宙を漂っていた。読むべきか随分迷ったが、ある朝に今だと思い立ち、手紙を広げた。中には概ね想定内の言葉が並べられていた。後悔というには曖昧なこの感情に、文面では名前が付けられていた。嗚呼ぼくら、漸く通じ合ったのか。
(お題:破られた不可侵条約)

大声で言う必要もないことをとびきりの大音声で叫んでいる。あいつは誰だと周囲の輩が学友に耳打ちをしていた。オレこそが問い質したい事柄だ。奴はいったい何者なのだ。おとうさんおかあさんを、と男が述べる口上の一字一字を吟味する。時が止まっていた。壇上で礼をする男から、視線すら剥がせない。
(お題:願わくばこのまま、)

例えぼくが忘れようとしたとして、それはもう意味がないのだ。あれは物じゃなく刷り込まれた光だ、蓋をしようが溢れてしまう。過去と呼べるほど実体のあるものではなかった。「おはよう」と「おやすみ」の隙間に潜んでいる。ぼくの傍らに立って、笑っている。

「これからキサマをオレのものにする」「耐えられぬ痛みだろうから、オレにしっかり掴まっていろ。爪を立てても肩を噛んでもいい」「ただ最期に一言、オレを愛していると言え」「分かった」まるで契る時のようだな。なんてふざけて呟くと亜双義は頬を赤く染め、ざれ言を、と囁いたのちぼくを殺した。

「すまない亜双義。こんなところまで連れてきて」眼前に広がる野草や野花の名前一つ分からない。死んだように横たわる亜双義(いや、実際死んでいるのだった)の服にはきっと土がついてしまっている。聞いたこともない声の虫が辺りで鳴いていた。亜双義おまえ、もう目覚めないのだな。うそのようだな。


・ヒロアカ

青空がうるさいくらい透き通っていて、肌が汗でべたついていた。7月15日、僕は今日25歳になって、僕は今日、実質的にかっちゃんを追い越した。社会がそうした。僕はオールマイトの再来だと皆が騒いでいる。かっちゃんが静かな目で僕を見る。直視できなかった。太陽のせいだ、馬鹿みたいに眩しいから。「出久」
(出勝)

明日は轟くんの結婚式だというのに、そんな大事な日の前日に僕は彼に呼び出された。夜の公園で白い息を吐いて僕を待っていた轟くんに声をかける。彼は僕を一瞥して、開口一番こう言った。「生まれ変わったらお前の子供になってみたい」「緑谷。今までありがとな」理解出来ず固まる僕に、彼はそっと笑った。
(デクと轟)



お題お借りしました(shindanmaker.com/392860)