ちかちか瞬く視界の先で男は妖しく微笑んでいた。荒い息を繰り返しながらぼくは男をじっと捉える。シャツが床に落ち、肌色が目前に晒された。「成歩堂、まだ夜だ」まだじゃなくて、もうじゃないのか。なんて言わずとも、意図なんてすでに分かっている。つまり、ぼくはまた唇を塞がれる、ということだ。

衝動的に組み敷いたのに随分な無抵抗、調子でも悪いのか?なんて思わず尋ねてしまうほどに。「悪いように見えるか?先刻まで膝を叩いて大笑いしていた男だぞ」「いや、だってこの状況で無抵抗なんて」「…抵抗する意味がないからな」よく分からず首を傾げると、何故か額を弾かれた。亜双義の顔は赤い。

亜双義の手がぼくのそれに覆い被さってくる。寄越された視線は確実にぼくを捉え、そしてぼくの感情の奥深くを的確に蝕んでいった。眼差しも手のひらも、何もかもが熱い。今この場に鼓膜を揺さぶる言葉はなかった。けれど確かにぼくは聞いてしまったのだ、その目が囁く、「捨てちまえよ」という言葉を。

その背に触れられるならこの身を燃やしても構わない、と確かにオレは思っていた。青白く照らされた首筋に指を舌を、皮膚を臓物を這わせてやりたくて、ああ、……気でも触れれば楽なものを!「亜双義」おやすみと、そう簡単に言ってしまえる口があまりにも憎らしい。塞いでやれば治まるのか、何もかも。

成歩堂、もう大丈夫だ。キサマを苛む脅威はオレが全て斬り伏せてやる。何があった?…何、大逆転裁判?何だそれは。…"げえむ"?聞いたことのないシロモノだな。そんな訳のわからぬものに怯えていたのか?ハハ、何を言う、オレは倫敦になど行かん。此処でキサマと学び、卒業すると言ったじゃないか。

離した口の間で一筋の糸が橋を架けた。荒く呼吸をしながら、目前の男の瞳を盗み見る。男はじっとぼくを見ていた。焦がすように、喰らうように、慈しむように。常より少しだけ融けたその眼差しに、思わず身震いをする。ああこの男、こんなにも熱烈に、ぼくが好きなのか。…隠す気なんて更々ないらしい。

「龍ノ介」外から洩れる月光に赤く照らされる唇が掠れながらもそう紡ぐ。まるで絞り出すように放たれたそれに、ぼくの体は否応なく熱を持った。どうしようもなく重くのし掛かる感情を抱えながら頬に触れる。亜双義が震える息を吐いた。「一真」ぼくの声も掠れていた。亜双義の瞳、ああ、揺らいでいる。

ぼくの親友は志半ばでこの世を去ってしまった。胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになって、この穴はもしかすると一生埋まらないのではないかと酷く苦しんだ。けれど、ふと周りを見渡せばそこにはたくさんの仲間がい「駄目だ」た。そうだ、ぼくは一人じゃない。支えてくれるみんながいれ「行くな」

(書きたいとこだけ書く祭り1)
「で、他は?」奴らの好奇心の火は止まらない。亜双義は顎に手を当て、そうだな、と呟き視線をあげた。それはそのまま、ぼくにぶつけられる。どういう顔をしていいかわからずただ視線を返していると、不意にその口元がふっと緩んだ。「あいつは食い意地が張っていてな。それで、よく食べ物を口の端につけたままにしている。オレが言うまでなかなか気づかんのだ」言いながら、とんとん、と口の横あたりを指で示すように叩く。まさかと思い自らのその部分に触れてみると、案の定食べかすがついていた。顔に熱が集まり始めるぼくを見つめながら、亜双義は口に拳を当て小刻みに肩を震わせている。ご親切にどうもと言えるものなら言ってやりたかった。「へええ、愛らしい娘さんだなあ」「そうだな。なかなかに愉快なヤツだ」……愉快で悪かったな。

(書きたいとこだけ書く祭り2 ※亜双義ほぼ寝たきり)
「成歩堂」亜双義はぼくを真摯に見つめながら、ゆっくりと両腕を広げた。「胸を貸してやる」そう言って、どこか頼もしい笑みを顔に貼り付ける。ぼくはしばらく亜双義をじっと見ていた。早くしろ、なんて急かされて、ようやく体をそちらに動かす。布団に横たわるその肢体を少し起こして、ぎゅうと抱きしめた。瞬間、亜双義の両手がだらりと垂れる。ああ、無理をしていたんだな。無理をさせてしまったんだな。目頭が熱くなってしまい、誤魔化すために亜双義の肩に瞼を強く押し付ける。亜双義は低い声で、安心しろ、と呟いた。「オレがキサマを守ってやる」「何があろうと何処にいようと、すぐさま駆けつけて守ってやる」子に言い聞かせるかのような、あまりにも穏やかな声音だった。ぼくは腕の力を強め、努めて明るく返事をしようと試みる。けれど叶わなかった。声が震えてしまっていた。「ああ。守ってくれ、亜双義。守ってくれ、守ってくれ……」