亜双義一真が優しい笑みを携えてぼくをきつく抱き締めている。後ろ髪に指を埋め、皮膚の温度を確かめるように指の腹で撫でられる。もう一方の手はぼくの腰のあたりを強く掴んでいた。まるで宝物にでも触れているみたいな、硬く柔い手のひら。ぼくは何をすることもできずに、ただ身を亜双義に預ける他はなかった。
「成歩堂」
耳元で秘密でも囁くように名前を呼ばれる。常では聞かないような声色だった。甘く、重い。ゆるく拘束されているような心持ちを勝手に覚えた。亜双義はぼくの後頭部を撫でながら、ひとこと呟く。
「可愛い」
それを皮切りに、雪崩のようにその言葉は紡がれた。可愛い、可愛い、オレのものだ、可愛い。体ごと溶けてしまいそうなその単語の洪水に、ぼくの脳は面食らう。何が可愛いというんだ。
ひとしきり言葉の雨を降らせた亜双義はやがて一度密着した体を離し、真正面からぼくを捉える。頬に片手を添えられ、じつに優しく撫でられた。そしてまた、呪いのような言葉。
「可愛い」
まるで魂を舌で舐められたような、体を粘ついた綿で包まれたかのような。……いや、ぼくがどう言葉を尽くそうと、きっと表現なんて出来ない。ともかく亜双義はぼくを愛でた。ぼくを心から「可愛い」と、そう評している。このまま包まれていればいつかとり殺されてしまうのではないかしら。そう強く感じた。そういう結末を迎えるならば、べつにそれでも構わないけれど。それよりどうしても訊かなければならないことがある。……ぼくの使命といっても過言ではない。
「亜双義」
「これは夢なんだろう」
「おまえは死んだ」
「一月九日、船上で」
「おまえは、ぼくの前からいなくなった」
靄のような黒を見据えながらはっきりと告げる。亜双義一真は死者だ。今ここに存在している亜双義は夢か幻、どちらにせよぼくの想像上の存在。逃げるわけにはいかなかった。逃げればきっともう、おまえに顔向けできなくなる。
亜双義はぼくの言葉に別段反応するわけでもなく、ただじっとぼくを見つめている。表情はやはり柔らかい。空いていたほうの手も頬に添えられ、ぼくは両頬を亜双義に包まれた。口元がほどける。何より優しい笑みがそこに生まれた。ああ本当の本当に夢だな、と、苦しくなるほどに実感する。亜双義が口を開いた。
「キサマのそんな所が他の何より可愛く、愛おしかった」
真実の味を教えてやろう。そう呟くと、その両手は頬を撫でる。亜双義の顔がぼくの顔の前で影を作った。そのまま距離は完全に消失する。唇が触れあった瞬間、ぼくは胸の奥で何かあたたかいものが爆ぜて広がる音を聴いた。真実の味を舌で転がす。どこまでも苦いのに、少しだけ甘い。やはり亜双義は死者だった。死者はぼくを愛でている。うっすらと透けるその両手に濡れた目尻を拭われた。
「可愛い」
唇を離した途端、またその呪いだ。ぼくはぼやける視界の先の悔恨に微笑む。
「そんなに可愛いかな、ぼくは」
「ああ、可愛い」
「そうだとしたら、きっとおまえのせいだな」
言うと亜双義は爽やかに笑って、「そうだ」なんて口にしてみせるのである。ぼくも思わず笑ってしまった。おまえだって可愛いさ。酔い潰れて眠っている顔だとか、早口言葉が言えなくて悔しがっているときの真っ赤な顔だとか。可愛いと思ったよ。……忘れようがないほどに。
頬に添えられている手に自らのそれを重ね、今度はぼくのほうから唇を重ねた。親友はやはり笑って、可愛いな、と呟いた。こっちの台詞だ。


たまに聞くゆめかわいいってこういうことでいいのか???いいか…(無知)