ぼくに対して鋭利な牙をちらつかせる男の存在が脳裏に憧れのようにこびりついている。そいつは赦しとも贖罪ともからかいともつかない笑みを浮かべて、成歩堂、とぼくを呼ぶのだった。名を呼ばれるたび、牙がいっそうあやしく光る。ぼくの胸の中心はそのたびすうすうと風を吹かせた。いつか食い破られるのだろうか、ぼくの心臓は。白く鋭い牙を研ぐおまえという全てに、見るも無惨な姿に変えられてしまうのだろうか。そう思って見ていたけれど、親友の発した言葉を聞くと、ぼくの考えが見当違いだということが分かった。分かってしまった。
「オレ以上にキサマを信じているやつがいるか?」
なんということだ。その牙、ぼくを守るために拵えてあるとでも言うのか、亜双義。腕章がずるりとずれる。狩魔が刀身をまたたかせた。ぼくは、目の前が霞むのを感じている。
本当は、食い破られたって良かったんだ。心臓を、おまえに。それくらいならいつだって受け入れられた。ずっとそう思っていたのに。その目はまるで獣じみていなかったから、ぼくは手のひらに爪を立てるほかに動きを封じられてしまった。ぼくの記憶には狼が住んでいる。それは、確かなのだけど。今日も亜双義はぼくに微笑むし、牙は白く鋭く、そして優しく光るのみだった。


お題「記憶の狼」でした
おんなじようなのばっかり書いてしまう〜〜