「オレはキサマのことを友情以外の感情で見ている節があるかも知れん」
おまえが突然そう切り出してきたのは、果たしていつのことだったか。確か、去年の春くらいだったっけ。いつもどおり二人で牛鍋をつついている最中に、すこし暗い色を瞳に宿しながら言われたことは確かに覚えている。ぼくは言葉の意図が汲み取れず、え、と小さく声をあげた。
「……友情以外って?」
「………」
亜双義は返事をしなかった。どうにも亜双義らしくない様子だったので、ぼくは妙に不安になった。友情以外の感情とは果たしてなんなのか。そのときは皆目見当がつかなかった。ただ、一度ぼくの目を見た亜双義の拳が強く握られたことには、気づいていた。
「……すまない、おかしなことを言った。忘れてくれ、親友」
亜双義はそう言ったあと、いつものように憂国論議を持ち出した。なんだかよくわからないけれど、いつもの亜双義に戻ったらしい。そう判断してぼくもまた論議へ花を咲かせたのだ。
ああ亜双義。去年のおまえの言おうとしていたことを、ぼくはようやく知ったらしい。おまえがどんな想いで拳を握り締めていたのか、どんな想いでぼくを『親友』と呼んだのか。この刀と腕章を受け継いで、この異国の地に降り立って、世界を見つめて。ぼくはついに理解したのか。おまえの死から幾ばくか過ぎて、ようやく。
「……成歩堂さま」
洋箪笥の扉を開けて、寿沙都さんが眉を下げながらぼくに笑いかける。そうだ。ぼくはもう、密航者ではないのだった。狭く暗い部屋から抜け出して、眩しすぎる光を浴びる。亜双義一真はぼくの『親友』だった。ぼくは『親友』の遺志を継いで、これから前に進んでいく。それがぼくとアイツの『友情』なのだ。……そうだろう、亜双義。あの時おまえは決めたのだ。ぼくだって今、こう決めていいのだろう。
「寿沙都さん」
今日もご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします。そう言うと彼女はゆっくりと微笑んで、承りました、と一言返してくれる。寿沙都さんの指導は、彼女の言葉通り厳しいものだった。けれど苦ではない。苦だなんて感じていられる程の時間はもうない。ぼくは身を粉にする想いで今日も分厚い本と対峙する。胸の痛みには蓋をしておく。おまえの親友として、ぼくはきちんと生きてゆきたいのだ。あの時、もし意味を汲み取れていたら。自分の気持ちにすぐに気づいていれば。そんな思考は今は丸めて底に沈めておけばいいのだろう。なあ、亜双義。ぼくはこれから何年経とうと、死ぬまでおまえの親友なのだ。ずっと、死ぬまで。だってそれがおまえの遺志なのだから。


お題「去年の馬鹿」でした
お題に添えてない感すごE