「ふええ…」

ポケモン勝負で負けたあと、ベルは必ずこんな風に弱った声を出す。目は潤んでいて、今にも泣きそうでそわそわするけど、彼女はなんとかこらえて『やっぱり強いね!』と笑う。ああもうなんていじらしくて可愛らしいのか。今すぐ抱きしめておでことかほっぺたとかそこら中にキスの雨を降らせたいけど、そこはなんとか我慢して『そんなことないよ』と笑った。
別れ際、彼女はそれはもう最高の笑顔で私に手を振るもんだから、思わず頬がだらしなく緩みそうになったけど、頑張って頬を引き締めて普通の友達としての笑顔を作った。彼女が去ったあとも、私は今日の彼女の可愛さを反芻して幸せな気分に浸っていたのだった。
まあ、要約すると。

「ベルって可愛すぎない?」
「……ですね…」

私のベルについての話を約1時間聞いてくれていた優しい弟、トウヤはなぜか疲れきった表情で俯いて、力なさげに返事をした。

「どうしたのよトウヤ、調子でも悪いの?」
「原因トウコなんだけど…」

なんで?と尋ねた直後に、台所に立っていたチェレンがおぼんにお茶を乗せて居間に戻ってきた。『はいお茶』と慣れた手つきで机に湯のみを置いていくチェレンは、将来いいお嫁さんになりそうだった。ていうかここ私たちの家なのになんでチェレンがお茶淹れてるんだろう、という突っ込みはもはや私たちの間では愚問だ。

「…で、またベルの話?」

おぼんをテーブルに置いて、席につきながらため息をつくチェレン。なによ、面倒くさそうな顔しちゃって。薄情な幼なじみね。

「毎日おんなじこと一時間以上話されるトウヤの身にもなってあげなよ…。ほら、ものすごい残念な顔になってるよ」

チェレンがちらりと視線をやった先のトウヤは、それはそれは疲れ果てたような表情をして机に目線を落としていた。うわあ…これはさすがにちょっと申し訳ない…。

「ご、ごめんね、トウヤ…ベルが地上に舞い降りたエンジェルすぎてつい…」
「いやいいよもう…慣れてるし…」

そう言いながらも目前の弟ははぁーとやたら大きなため息をついて、出されたお茶の一気飲みを始めた。やけ酒ならぬやけ茶するぐらい疲れてんじゃないの!そんなんならもうやめてくれって言われたほうがマシよ!
火傷しないでよとチェレンに声をかけられながらお茶の一気飲みを完遂したトウヤは、ぷはーっというおっさんみたいな挙動をかまして湯のみを勢いよく机に置いたあとに、真剣な眼差しを私に向けた。

「で、けっきょくトウコはベルとどうなりたいんだよ」
「…へ?」
「ああ、それはぼくも訊きたい」

チェレンまで私をじっと見つめてくる。私ができることと言えば、瞬きをすることぐらい。
考えたこともなかった。私がベルとどうなりたいか、なんて。ただベルが可愛くてしょうがなくて、ずっと隣で見てられたらいいのになあって思ってただけで。

「トウコはベルと付き合いたいの?それか見てるだけで満足なの?」

チェレンが私に問いかける。
私とベルが、付き合う?そんな現実味の欠片もない話、あるわけがない。じゃあ私は見てるだけで満足なのか。普通に友達として傍にいて、恋の悩みとか聞いてあげて、あの子が誰かと結婚するときは笑って『おめでとう』って祝福して。それで私は、満足だと。幸せだって言えるのかしら。

「…よく考えとけよ」

何も言えない私にそう言い残して、トウヤが席を立った。遅れてチェレンも席を立って、リビングをあとにする。私はといえば、ただ俯いていることしかできなかった。


「あ、トウコ!」
「あ」

後ろから声をかけられる。