「どこへでも連れていってくださいね」

ゆっくりゆっくり、俺に手を引かれながら歩く渚は、5分に一回ぐらいの頻度で思い出したようにそう呟いた。何を思ってそう俺に告げるのかはわからない。渚という女は凡人の俺には理解できない複雑な思考回路を作り出すことがままあって、夫兼渚語翻訳者である俺はいつも手を焼いていた。なんせ早苗さんとおっさんの娘なんだ、一般的な思考は持ち合わせていないということは親子3人揃っているとこを見りゃあすぐわかる。あの古河家独特のテンポは慣れるまでに相当な時間を要するんである。最近はすっかり慣れきってしまっている自分が自分で恐ろしい。でも、あの人たちはどこまでも暖かい。寒さで凍えそうな人には無償でヒーターを譲り渡すような、底抜けの暖かさが俺はなんだかんだ言って好きだった。そんな人たちの娘である渚もやっぱりどこまでも暖かくて、握っている小さな手のひらから与えられる体温には冷たさなんてどこにもない。かけられる言葉さえも、俺の心を包みこむように耳に響いた。言われなくても連れていくさ、どこへでもどこまでも。今俺たちが歩いている近所の夜道から、銀河の果てまでだって。でも、残念ながら俺たちが地球の土を踏みしめている限り、銀河に辿り着くことはない。当たり前のことだ、アホな俺でもさすがにわかる。渚に無数の星を見せてやれないなら、他の場所を探すしかない。いろんな場所を、長い時間をかけて探していくしかない。そんな風に歩いて歩いて、渚が銀河よりも素敵だと言ってくれる場所を一つでも見つけることができたら、俺の人生大勝利だと胸を張って言える。だから、いろんなところに行こう。いろんな物を見よう。ついでに行くとこ全部で嫁さん自慢してやる。どうだ可愛いだろ、俺の嫁さんなんだぞーって。おまえ照れるんだろうなあ。そういう照れてるとこが可愛いから自慢してることに早く気づけよバカ。ああ、そういえば明日は日曜日だ。天気予報では晴れのマークが笑っていた。明日も絶好の散歩日和らしい。

「じゃあ明日もおまえを連れ歩いてやる」
「ふふ、楽しみにしてますね」

いろんなところに連れていってくださいね、と笑う渚は銀河に負けないくらいきれいだった。