「綾時」
綾時。呼ぶほどに美しくなる名前。それを追いかけて僕は月夜の屋上、柵の上に祈りを捧げる。黄色いマフラーをたなびかせ、美しい男は月よりも輝いている。
「来てくれたんだね」
同じ声なのに、自分で発するのとはこうも違うのか。彼の声を聴くたび夢うつつのようにそんなことを考える。柵の上に立つ綾時は、静かに目を光らせて控えめに微笑んでいた。手を伸ばすが、届かない。
「こっちに来なくてもいいよ。大丈夫」
なだめるように綾時は僕にそう言い聞かせる。僕は素直に柵から少し離れたこの場所で足を止めた。風がマフラーをうねらせる。前髪が邪魔だと久々に感じた。
「月が綺麗だね」
微笑む綾時はその言葉の意味を知らない。そうだねと僕は返事をする。月は大きい。
「君と見られてよかった」
「うん」
「風は少し強いけど、今日は素敵な夜だね」
「ああ」