どんなにか考えても出ない答えというのは確実にこの世にはあるもんで、それにばかりぶち当たっちまう導師の性とも言える問題だ。長年生きてるだけあって俺はいつの時代もそれをよく目の当たりにしてきたし、これからもするだろう。しかし導師様ってのはいい子ちゃんの集団みたいな奴らで、その中で俺みたいな答えを出す輩を嫌うもんは多い。救い救いじゃないの答えなんかないっつうのに、間違いだとの主張もよく承る。もちろんいい子ちゃんは正論しか言わないからいい子ちゃんなわけであり、俺に向こう側を否定する道理はない。触らぬ神に祟りなし。触ればそれはたちまち足に絡みつく。そういう理屈でやってきたわけだが、しかしそんな俺に「仲間だ」と言ってきたいい子ちゃんが一人いた。俺の目をまっすぐ見てくる奴なんて、思えばあいつが久々だった気がする。まあ、そんないい子ちゃんも、今は会えない場所にいっちまってるわけだが。しかも次にいつ会えるのかわからないときたもんだから、本当にため息しかつけないもんである。
スレイ。それが、その導師の名前だ。おそらく忘れることは、一生ないだろう。