買い物中に突然裏路地に連れ込まれて、身動きもとれないまま目隠しをされて車に放り込まれた。手足を縛られて逃げ場も勝算もないなかで仕方なく大人しくして脱出の機会をうかがっていると、車はそれなりの距離を走ったあとどこかに到着して、俺の体をやや強引に外へ出す。動揺をひた隠して促されるままに進んでいくと、やがて俺を引っ張ってきた奴が足を止める気配があった。そして少しすると、手足の紐がほどかれる。まず安心して、それからすぐに反撃の準備をとるーーはずだったのだが、直後、背中を強く蹴られた。突然の攻撃に受け身もとれずただ地面を転がっていく。それと同時に、バタン、という扉を閉めるような音が耳に飛び込んできた。そしてさらに、もうひとつ音が飛び込んでくる。
「ルドガー!」
その焦りを音にしたような声は、明らかに兄のものだった。どうしてここにいるのかと思いながら、兄さん、と呼びかける。するとすぐにこっちに歩いてくる音が聞こえて、頭の後ろで布擦れの音がしたと思えば、やがてパッと視界が開けた。眩しさに目を細めながらもまず最初に飛び込んできたのは心配そうに眉を寄せた兄さんの顔で、次に見えたのは一面の白だった。見渡せるところはどこも白い。
「大丈夫か?怪我は?」
「あ、まあちょっと擦りむいた程度だよ。…それより、なんで兄さんがここに?今の時間って仕事中なんじゃ?」
「…お前と同じだよ」
つまり、兄さんも拉致されてここに来たと。エリートエージェントを容易にさらえるような奴らとは、果たしてどれ程の力を持っているのだろうか。脱出にも骨が折れそうだ。
兄さんは立ち上がり、俺に手を差し伸べた。礼を述べつつ手をとって立ち上がり、改めてあたりを観察してみる。全面真っ白な部屋の中に、白いソファーと大きなテレビが置いてあって、それ以外に物は何もなかった。
「なんなんだこの部屋」
「さあな。中はあらかた調べたが、めぼしいものは今目に見えてるあれらくらいしかなかった」
参った、というふうに兄さんは頭を掻く。困ったな。そう思いながらもう一度部屋を見回した。蹴り入れられた際のあの入り口の扉は、開く見込みはなさそうだ。
「扉は察しの通り鍵がかかってるからな。蹴破ろうとしても頑丈で駄目だった」
「武器は?」
「…情けないが、取り上げられた」
兄さんをここまで追い詰められるのって、本当にどういう奴らなんだ?かなりでかい組織か、権力のある奴か。しかも仕事中、武器を持ってる兄さんを捕まえられるってことは、只者というはずはない。よほど強いか、隙を狙ったか。まさか、同僚?
「とりあえず、いったん座って考えるか」
その言葉で思考は一度打ち切られた。確かにそうだな、と応えて二人で並んでソファーに座る。
「おっ、これうちのよりふかふかだな」
「…また今度これくらいの買いに行くか?」
「うーん、いや、ソファーよりは椅子が欲しい…」
他愛ない話で和んでいると、不意にテレビの電源ランプがついた。おっ、と二人それぞれ小さく声をあげて身を乗り出した瞬間、大きな画面に映像が映った。ホラー映画の、ちょうどホラー真っ只中であろうシーンだった。
「!?」
我ながらどう発音したのかよくわからない声を発してソファーの背まで一気に後ずさる。心臓がここ最近で一番ドキドキしていた。雑に深呼吸すると、兄さんが腹が立つほど冷静に大丈夫かと尋ねてくる。
「大丈夫じゃないだろ!駄目だろ!もっとびっくりしろよ!」
「いや、驚いてるお前を見たら冷静になってな」
いやわかるけど、わかるけど一人だけめちゃくちゃびびった自分が恥ずかしい。赤くなってきた顔を手で扇いでいる間にもホラー映像は続いていた。今は血まみれの女の子がチェーンソーを持って男を追いかけているところだ。落ち着いて見る分にはそこまで苦手というわけでもない、まあ得意なわけでもないけど。
「それにしても、なんだってこんなもの突然見せられてるんだろうな」
「さあな…。あいつの考えなんて分かりたくも…」
「ん?」
「ああ、いや、何でもない」
それより、と兄さんは何か怪しげな態度で話題を転換しようとする。


診断メーカーさんのお題で「ホラーが流れる部屋に閉じ込められたクルスニク兄弟」が出たので…
閉じ込めた犯人はリドウです