悲しみの渦にいる奴を見るのはやはり気持ちのいいものだったが、今回ばかりはひどく不愉快が募った。薫、とそいつは情けない声を出してかつて愛した女性の変わり果てた姿にすがりついている。僕の愛する女王がこんな姿になってしまっているというこの光景ももちろんひどく耐え難いものであったが、皆本の見るに耐えない狼狽はその悲痛な死の香りに劣れども勝りかけるものだった。ああ、なんて醜くて愚かで汚らわしいのだろう。そんな涙と鼻水まみれの手で僕たちの亡き女王に触れようとするだなんて、正気の沙汰とは思えない。皆本は薄汚れたコートを地面に引きずって、美しい遺体に覆い被さり低い嗚咽を漏らし続ける。コンクリートに無造作に転がるブラスターはもうなんの役目も背負っていない。皆本、と僕はすっかり光をなくした奴に声をかけてみたが、もちろん聞こえるはずはなかった。はずなのだが、皆本はまるで僕に答えるかのようにぼそぼそと誰に向けたわけでもないらしい言葉を垂れ流し始めた。僕が薫を殺したんだ、何よりも大切なあの子の心臓をこの手で止めてしまったんだ。ぶつぶつと、僕を煽っているのかと疑うほどの不快極まりない言葉たちが鼓膜を通り過ぎていく。あの子、だなんてここまで来てまだ宣っているから、こいつはこの予知をくい止めることができなかった。そんなことすらわかっていないらしいこいつに対する苛立ちは底なしに募る。皆本はその後も様々な自らへの呪詛をつぶやいて、けれどすこし、小さな違和を含み始めた。


「けど、これでお前は僕のものだ」


その一言をはっきりと口にした瞬間に、皆本の瞳は完全なる虚無をはらんだ。どす黒い静寂と、狂気さえ共存した感情の誕生。言ってしまえばこの皆本は僕が今まで見てきたこいつの中でもずば抜けて人間らしかった。エスパーだとかノーマルだとかを越えて。それが僕には決定打のように受け入れ難く、いや受け入れるべきではなくて、そして皆本光一という男を忌み嫌うにはじゅうぶんな材料だった。けっきょく奴は最後の最後に、愛する女を独占する欲に勝てない。浅ましく気味の悪い感情に負けて終わるのだ。口先で並べ立てていたきれいごとを自ら灰にする。どうしようもなく腹が立った。女王は僕にとって雲間に差し込んだ光同然で、それがこんな男のちっぽけな独占欲に失われるだなどと、冗談ではない。そして何より不愉快なのが、女王自体がそれを心から望み、受け入れたという事実。そんな状況に陥るまで僕たちの彼女を追い込んだノーマル。やはりノーマルなどに未来なんて任せてはおけない。いつかのあの悲劇が繰り返されて終わるだけなのだ。
僕はもう何度見たかわからないこの予知を見終え、外へと身を向かわせる。肌寒い夜は風を止ませることはない。ノーマルという無力な集団の一人に過ぎないあいつは、いつかエスパーと完全な敵対を為すことだろう。汚い欲を内包しながら、正義を振りかざして戦いつづける。ノーマルとはそんなものだということはこの僕が一番よく理解していた。しかし、なんだか、何かが僕の中をくすぶっている。薫の亡骸にすがりつくあいつを見るとき毎回のように抱く感情、それはまるで絶望のような、失望のような感情なのだ。絶望も失望も僕が抱く価値なんてあいつにはないのに。あいつはしょせん、隊長と同じだ。僕はそれをずっと認識してきたはずで、だからこんなことを感じる必要はない。はずなのに、僕はいったい何を考えているのか。あのバカメガネ、とつぶやいた悪口は宙に消えてゆく。いつの間にか体はすっかり冷えきってしまっていた。全部、皆本のせいだ。