「愛している」

お前が一番だと、その声はいつだって俺の背を押しながらそう言うのだ。最高の賛辞を並べ立てて、俺にただ前だけを向かせる。俺はその声の主が誰かなんて当然知っていたが、振り向くことはできなかった。あのひとは俺が振り向いた瞬間に、目を鼻を耳を、そして口をなくしてしまうようだから。見てほしくないと、今にも泣き崩れそうなものだから。だから俺は今まで前を向き続けてきたけれど、けれどそれにも限界はある。ないわけがない。聡明なあのひとが繰り広げた悲哀でまみれた猿芝居はもう幕引きを迎える時なのだ。愛している、愛しているよと恥ずかしげもなく発せられ続けたあのひとのその慈愛の塊のような声を思い出す。愛している。そんなものは俺も同じに決まっていた。そして、だからこそ、振り返らなければならないことも。俺はもう知ってしまっているのだ。すべてを理解して、俺はついにくるりと振り返った。するとそこには、いつもと変わらない兄がいた。兄さんのそこにある口が、ゆるりと動く。ああ、俺もだよ、俺も愛してる。


お題:振り向けばそこに口