熱のこもった吐息は僕の知るこいつのものじゃないみたいで、しかし確実に兵部京介の熱そのものだった。白く細い指が懸命にシーツを歪ませている。僕はただ一心に兵部の唇や首や乱暴にはだけさせた学生服の先にあるものに吸いついて、沈黙の中で兵部をじっとりと犯している最中だった。自分でもどうしてこんなに焦っているのか理解できない。けれど、いきなり僕の部屋に現れた兵部のそのどこか切なげな、いつもとはすこし違った憂いの影を垣間見た瞬間に、いてもたってもいられなくなってしまった。おかげでいま僕は行き場のない熱を理不尽な形で兵部にぶつけている。自分でも最低だと心から感じているが、理性を止めることができない。まるで兵部をつなぎとめるかのように、僕はこの細い体を離せずにいた。兵部はずっと無抵抗なままに僕のずいぶん荒い愛撫もどきを受け入れている。ちいさく喘ぐその姿と表情は、僕をさらに焦燥と困惑の海へ誘導する。ESPを使えば僕ぐらいすぐに吹っ飛ばせるはずなのに、どうしてこいつは僕のこんな行為を甘んじているのだろう?頭の隅でなんとか納得のいく結論を導こうとするのに、溜まった熱の肥大はそれさえも阻止してしまった。兵部の肌が、すこしだけ赤く色づいている。その普段は白く冷に徹する頬が、今だけは熱い。細められる瞳はいつものように深淵しか映してはいないが、いつもより意思の暗闇が鈍かった。たまらなく焦れて、兵部の手首を掴む。掴んでみると思っていたより細い手首だ。体は僕よりも若いのだから当たり前なのかもしれないけれど、それでもひとつの組織を統べる存在としてはずいぶん心許ない。これだから僕は何度もこいつを引き留めてしまうんだ。


「、皆本」


吐息の中に混じって、不意に僕は名前を呼ばれた。兵部の顔を見下ろしてみると、そこにあったのは見たこともない表情だった。下がった眉に蕩けた瞳、乱れた髪は顔にかかって、口は何か言いたげに、なんだか言いようもない魅惑に開かされている感じだった。あまりの顔に不覚にもしばらく見入ってしまう。


「なんなんだ、いきなり…!がっつきすぎなんだよ、このムッツリ!」
「…でも、逃げようと思えば逃げられるだろ、お前。テレポートもできるしサイコキネシスで吹っ飛ばしたっていいし。別にECMが作動してるわけじゃないんだから」
「…あっ」
「…あ?」


兵部はやけに驚いたような表情を作って、それから黙りこくってしまった。あっ、ってなんだ?まさか能力のことを忘れてたなんてわけがないし、突然のことでとっさに能力が使えなかった、なんてのもあり得ないだろうし。じゃあやっぱり何か訳があったとしか考えられない。この驚いているのだって、もしかしたら演技かもしれないしーー
と、ここで僕は壁にめりこんだ。慣れ親しんだ、それでいて懐かしい痛みが全身を襲う。どごんっという壁が破壊される轟音は後から耳に響いて、僕はぎゃあと短い断末魔をあげた。直後その重力の加圧はすっと体を離れ、僕は力なく地面にへたりこんだ。加害者である兵部はぷいと僕にそっぽを向けている。


「ひょ、兵部…、おま、お前なあ…!」
「うるさい。ノーマルのくせに僕に楯突くな」


無駄な時間を過ごした、と兵部は先ほどとは打って変わり心底不機嫌そうにそう吐き捨てる。それから僕へ様々な罵痢雑言を投げつけながら髪と服の乱れを直し、風のようにその場を去ってしまった。突然の行為の終了に僕はしばらく放心し、やがて最近で一番大きなため息をつきながら勢いよくベッドに倒れ込んだ。まだあいつの温もりがありありと残っているのがへんに腹立たしい。けっきょくなんだったんだとつぶやきながら枕をちいさく殴り、シーツを強く握りしめた。僕の脳内に住まい始めてしまった兵部のあの表情が今日中に出ていってくれることを、今はただ願いたい。