「君のこと、どうやっても好きになれそうになくてね」
「それはどうも」


だなんて話す僕らは隣りあって夜景を眺めるばかりで、お互いの目なんて見てはいない。突然兵部にこうやって上空まで連れてこられた僕なんて特に、不機嫌を強調するために兵部のほうをまったく見ていなかった。空中から眺める夜景はちかちかと瞬いて、視界を光で埋めつくす。夜だというのに、街は眠る気配を見せない。


「例えば、君は考えないのか」
「何をだよ」
「こうやって僕と空の上にいるいま、不意に落とされるんじゃないか、とかさ。この高さから落ちたらノーマルの君なんて確実に死ぬぜ」


そんなふうに言って、兵部は含み笑いをしてみせる。風が頬を撫でて、さっきから寒くてずっと鳥肌が立っている。減らず口もいいところだと腕をさすりながら嘆息した。


「そんなのあるはずないだろ」
「どうしてそう言い切れる?僕は君が大嫌いなんだぜ?」
「僕が死ねば、薫も死んでしまうんだろ?それを差し引いたって少なくともチルドレンたちにいい影響が出るとは思えない」
「…そういう、馬鹿に冷静なところも嫌いだな」


兵部の声に苛立ちと陰りの色が差す。いまそっちを向けば、おそらく兵部の瞳には混濁した感情が浮かんでいるのだろう。その瞳に吸い込まれてしまわないよう、僕は夜の光に目を落とす。兵部の減らず口も閉じきり、二人の間に奇妙な静寂が訪れた。街の喧噪がかずかに鼓膜を揺らしている。聴覚よりも視覚で感じる騒がしい夜だ。兵部の存在が近くて、遠い。


「光」
「え?」
「…いや」


なんでもない、と兵部はつぶやく。その声に青い思いを見出した僕はついに兵部の顔を見た。照らされる横顔は普段の何十倍も閑静だ。その表情は、なんだかこの街のごちゃりとした灯火達に似ている、と思った。すべてを見守るおとなのようでいて、いつまでも夢を追いかけ続けるこどものようにも見えたからだ。愛情や憎しみ、孤独や慈しみ、過去や未来への想い全部が今の兵部を取り囲んでいる。干渉することはきっと許されないし、僕だって今こいつの喧噪に飛び込むつもりは毛頭なかったけれど、それでも、なんだか。今だけは僕の日常よりもっと遠く、高くに行ってもいいかなんて、馬鹿馬鹿しいことが頭をよぎってしまった。兵部の瞳に映り込む大小さまざまな光の粒を捉える。いつかこいつの光になれる日が来るのだろうかなんておかしなことを考えて、僕は自らの手のひらを見つめた。それは相変わらず無力で、悲しいほどに頼りない。


ばっくなんばーさんの青い春をBGMに書いたシコ文