俺の狛枝が死んでしまった。あのよく気がついて優しくてちょっと頼りなくてでも頭が切れて男のくせに変にきれいでいつも俺に笑いかけたり励ましたりしてくれたあの狛枝が、蜃気楼だったかのように忽然と姿を消してしまったのだ。あいつがいたから俺はこの狂った世界でも生きていけると思っていたのに。あいつがいたから目を背けたくなるような陰惨な出来事にも立ち向かっていけたのに。様々なでたらめの中できらめく唯一の良心だったあいつはもういない。もっと話したいことがたくさんあったし、もっとあいつの傍にいたかった。あいつが好きだった。なあ、置いてけぼりを喰らったこの恋心をどうすればいい?やり場のない感情をどう鎮めたらいいんだ?教えてくれ、それかあいつを返してくれ。俺が恋していたあの狛枝に、もう一度会わせてくれよ。

「ねえ」

下から嘲るような声がした。が、聞くだけ無駄だ。だっていま俺が下に組み敷いているこいつは、狛枝の偽物なのだから。俺が話したいのはあの狛枝であって、ただ狛枝の器を借りているだけのこいつと話をするなんてまるで地獄だ。こいつはあの狛枝とは違いすぎて虫唾が走る。そういえばこいつなんで口から血なんか流してるんだろうか。ああ俺が殴ったからか。

「ボクの意見なんか聞きたくないとは思うんだけど、ひとつ言わせてもらってもいいかな」

この状況でなぜか薄気味悪い笑みを浮かべ続けるこいつを見てるとだんだん気分が悪くなってくる。声だって震えてもいないし、どうやら恐怖なんて微塵も感じていないらしい。気色が悪い、やはりこいつは俺の狛枝じゃあない。ただの忌まわしいまがいものだ。狛枝もどきのそいつはその深海のような瞳で俺の目をじいっと見つめ、あは、と笑いながら言った。

「キミの言う狛枝って、いったい誰のことなのかな?」

何言ってるんだよお前。決まってるじゃないか、あの狛枝だよ。俺の想うあの、よく気がついて優しくて、それから、…あれ?そういえばあれって誰だっけ?


1章前半の狛枝に恋したつもりの日向くん