虎←兎
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よく言えばストイック、悪く言えば殺風景。僕が抱いたバーナビーさんの部屋の印象は、そんなところだった。初めて足を踏み入れたここは確かに高級住宅マンションらしく広い間取りにきれいな景色なんかがあったけれど、本来あるはずのものが高確率で存在していない。なんだか、彼を表したような部屋だ。金色に瞬く睫毛を盗み見ながら静かにそう思考した。
ひとのいるところではできない話があるから、とバーナビーさんにわざわざ自宅にまで呼び出された僕は緊張に身を縮めたりしていた。なんといってもバーナビーさんの家にお邪魔しているのだ、誰だって緊張して当然だと僕は主張したい。シックな色を纏うこぢんまりとしたテーブルに置かれた白いカップの中では、如何にも高級を思わせる香りを放つ紅茶がしんしんと湯気を立ち上らせている。新しく買ったのだと軽く説明してくれた黄緑色のソファーに浅く腰掛けながら湯気越しに彼を見つめた。ただおそろしくうつくしい緑に視線をやる勇気はまだなかったから目の少し下あたりに視点を置く。彼はカップの取っ手にすらりと長く伸びた指を差し入れたまま、それを持ち上げることもそれから手を離すこともなくただ動きを止めていた。緑の海に泳ぐ魚がそのまま水面に映し出されている。何か、言いづらいことなのだろうか。自分から話を促すこともできず、僕のほうも自然と小刻みに揺れる水面を見つめる他ない。しばらくの沈黙を経て、バーナビーさんはゆっくりと僕を捉えた。びくりと体を強ばらせる自分は情けなく小心者の心を露呈させてしまっていたと思う。形のいい薄い唇が勿体ぶるように緩やかに開き始め、やっと言葉を形成した。僕はいま、果たしてどんな顔をしているだろうか。

「驚かないでいただきたいんですが、僕は、僕のバディの、虎徹さんのことが好きなんです」

言葉が終わった直後、当たり前だけれどぷつりとまた静寂が訪れる。車のクラクションのような音が遠くで響いていた気がしたけれど、それはたぶん僕の幻聴だ。クラクションを鳴らされたような気持ちになっていた故の。これは憶測の域を出ないのだけれど、僕はいまなんの表情もこの顔に反映していないのだろうと思考する。誰から見ても、たとえどんなに鈍感なひとであっても、彼の想いは皆本能的に感じ取っていた。そしてそれは彼も知っていたはずだ。驚かないでいただきたいんですが、という彼の前置きが意味を為していない事実も、彼は気がついているんだろう。つまるところ僕は驚かなかった。いただきます、と一言断りを入れてから紅茶を啜る。味も香りに見合って実に高価を感じさせた。美味しいかと問われれば、首を傾げるところだけれど。

「やっぱり、気づいていないのは虎徹さんだけなんでしょうか」
「だと、思います」

苦く笑いながらバーナビーさんもまたカップに口付けをした。彼自身を捉えた瞳が切なげに瞬く。たとえば、この瞳。恋しくてたまらないと訴えるこの瞳を毎日タイガーさんに向けている様を見て、気のつかないひとなどほんの一握り程度だろう。そして、あからさまな好意の先に存在するタイガーさんは、皮肉にもその一握りに含まれていた。笑ってしまうくらいに鈍感なのだ。そのことに対してバーナビーさんがなんとももどかしく思っているだろうことは、やはり誰もが感づいている。言わばすべてばればれ。