さや杏未完(まどマギ)

殴るのは、蹴るのは、噛みつくのは、引っ掻くのは、いつもあたしだけだった。痣ができて血が出て傷跡ができるのは、いつもさやかだった。喧嘩をするたび、沸点の低いあたしはすぐに手が出て足が出て、さやかをぼろぼろにしてしまう。それでもさやかは怒鳴ったりするだけで、あたしを傷つけることは絶対にしなかった。どうしてかとこの間訊いてみたら、杏子には傷が残っちゃうでしょ、だって。あんたの肌はまあまあ白くて綺麗なんだから、怪我残したりはしないよ、だって。魔力のおかげですぐに怪我が治るから、そんなことを言ってるんだ、さやかは。いくら魔法が傷を全部治してくれるからって、心はどうにもならないのに。あたしが体につけた傷の分は、きっとそのままさやかの心に傷跡を残してる。治ったなんて嘘なんだ。自分がたまらなく嫌になって、許せない。

まどマミ(まどマギ)

3話後
まどかちゃん魔法少女化
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マミさんマミさん好きですマミさん大好きですマミさん。私の初恋はあなたに持ってかれちゃいました。えへへ、中学2年生でまだ恋も知らなかったなんて子供っぽいでしょう?さやかちゃんにもよく言われるんです、まどかはまだまだお子様だなーって。私も小さい頃から恋を知ってたさやかちゃんがたまにすごく大人びて見えたりして、恋っていいなあって思ってたりしたんです。恋に恋してるって、私みたいなののことを言うんですね。でも、まさか女の人を好きになるだなんて思ってもみませんでした。もっと普通に、クラスメートの男の子たちに恋するのかなってぼんやり考えてたんですけど、私が初恋の相手に選んだのはマミさんでした。それくらい素敵だったんです、マミさんが。綺麗で優雅で強くてかっこよくて、でもほんとうは弱くて脆いところに惹かれちゃいました。ああこの人の傍にいたいって、心からそんなことを思ったのは初めてでした。マミさんに名前を呼ばれるたびに恥ずかしくて、でも嬉しくて。マミさんと目が合ったら顔が真っ赤になりました。いつか、まどかって呼んでほしいなって、ずっと思ってたんですよ?鹿目さん、じゃもの足りませんでした。私は、マミさんって呼んでるのに。ねえマミさん、私ね、魔法少女になりました。あなたみたいにたくさんの人たちを救いたくて、キュゥべえに契約してもらったんです。今なら、私のこと名前で呼んでくれますか?マミさん、マミさん、好きです。大好きです。もっと話したかったし、もっとマミさんの笑顔が見たかったんです。そして、ふられてもいいから、告白したかったです。ちゃんと好きですって、面と向かって言いたかったです。マミさん、マミさん。ごめんなさい、私やっぱり弱い子だ。涙なんて枯れ尽きたと思ってたのに、まだ溢れてきちゃいます。泣き虫でごめんなさい、マミさん。好きです。

「マミさん」

あなたが残したこの部屋と、もう使われないティーカップが今でも愛しいんです。カップの縁に唇を寄せても温もりなんて返ってこないけれど、思い出にすがりつくことは止められません。間接キスですね、なんて言って一人で笑うのももう何度目だったか忘れちゃいました。ああ今日も私は変わらずあなたが大好きです。初恋は実らないって言葉を現在進行形で実感しているんです。マミさん好きです、大好きです。

さや杏(まどマギ)

さやかちゃん魔女化阻止ルート
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あんたはあたしにはなれないしあたしはあんたにはなれないよ。一般常識だよ。ポーズをとったらフュージョンができたり、階段から二人同時に転げ落ちたら人格が入れ替わったりすると思ってた?漫画の読みすぎだよあんた。もっとも、あんたの境遇で好きに漫画を買ったり読んだりできたのかなんてわからないけど。協会生まれなら、聖書とかばっかり読んでたの?それなのに言葉とか行動にはそれがちらりとも垣間見えないのが不思議だね。失礼なこと言ってたらごめん、謝る。でも最初に言ったとおりあんたもあたしも違う人間で、同一になるのは許されてないの。誰にって、そりゃ神によ。造りが違うんだもの。髪の色も目の大きさも鼻の高さも唇の柔らかさも輪郭の丸さも以下省略。全部全部違ってるの。神様も細かいことしてくれるよねえ。細工師みたいよ。また論点がずれちゃったけど、つまりあんたがあたしの痛みをわかりあいたい、一緒に苦しみたいっていうのはお門違いなわけなのよ。仮にあたしがじゃあ一緒に苦しんでって返事をしたとしても、なんの変化もないよ、あたしたちの間には。ただいつもみたいに冷ややかな空気が行き交ってるだけで、お互いの触れてほしくないところには干渉しないことを暗黙の了解とする、もしくはそれを踏まえた上でわざと弱点を刺激する。そういう天敵の体制をとった付き合いが続くだけだよ。ねえ杏子、笑い話にもならないよ、あんたのそれ。あんたなんかにあたしの悲しみも苦しみもわかってほしくないの。一緒にいてほしいなんて誰が頼んだの?頼んだのは、あんたの想像上の美樹さやかでしょう。あたしは、現実の美樹さやかなの。寂しいなんて決めつけられたら困るのよ。ねえ、わかってよ杏子。気づいてよ。

「…それでも」
「それでもあたしは、あんたの傍にいるよ」

ああ。やめてよ。聞きたくないのよそんな薄っぺらい台詞。まだ会って日が浅いあんたとあたしの間にはそう断言できるくらいの友情は根付いていないでしょう。綺麗事を吐きたいだけなら他をあたって。あいにくあたしは綺麗なものばっかり見てたら疲れる性分なの。残念だったわね。口先だけの正義は楽しかった?声をなくしたあたしの代わりにいっぱい偽善を叫んでるの?見せつけてるんだ。あんたってとことん性格悪いわ。神父の娘とは思えない。あんたがいたらどんなミサもぶち壊されて神に捧げる歌はすっかりデスメタルね。ああもう消えてよ、顔も見たくないのよ。赤い髪が視界にちらついてうっとうしい。あたしの視界を荒らさないで。

「あたしはあんたと泣いたり笑ったり怒ったり照れたりしたい」
「幸せになっていくあんたを見ていたい」
「あんたが困ってるなら助けてやりたいと思ってるよ」

いやだいやだ、こっちに来るな。あんたなんか嫌いだ。大嫌いだ。消えてって言ったじゃない。来ないでよ、お願いだから。もういやなのよ。関わりたくないの。来ないで、来ないでったら。

「さやか、おまえは美樹さやかだろ。人魚姫なんかじゃないだろ」
「泡になんてならなくてもいいじゃないか」
「人魚姫なんてここにはいないよ、さやか」

ちかちかちか、急に目の前が光に包まれる。黄色と緑色が交差して絡み合っている。見るからにハッピーカラーだ。やめてやめてよ、あたし緑は嫌いなの。その光は杏子から出ていて、気づけば手を握られていた。なんなのよ、もういやだって言ってるのに。なんであたしなんかを引っ張り出すのよ。ずっとここにいたいんだってば。バカ、離してよ。

「嘘だ、離してほしくなんかないんだろ」
「大丈夫、すぐここじゃないとこに連れてってやる」
「そこにはあんたの親友もあんたの好きな奴もちゃんといる」
「あんたのことを待っててくれてるんだ」
「そこに着いたら、まずはあんたの親友に謝ろう」
「それから、あんたの好きな奴に告白するって言ってたほうの親友に、本当のこと訊いてみよう!」
「あたしはあいつらが本当に両想いになったのかがいまいち信用できないんだ」
「もしかしたら親友があんたの好きな奴にあんたのことをよろしくーって話してたのかもしれないし!」
「もしそうだったなら、告白してみなよ。きっと二つ返事でOKされるよ」
「あ、こんなゾンビを恋人になんてしてもらえるわけないって思ってるだろ。でもさ、あたしはあんたがそれっぽっちであんたのことを嫌いになるような奴を好きになるとは思えないんだ」
「どんなところも好きになってくれるさ、なんたってあんたが好きになった男なんだからさ!」
「だからさ、外に出ようよ。さやか」

杏子の言葉は変わらずに薄っぺらくてその場しのぎだった。でも、あたしは泡になれなかった。この世界から消えられなかった。愛と勇気と夢と希望を、どうしても嫌いにはなれなかったらしい。あたしは今も綺麗事が好きだったらしい。小さな手を握りしめたら、握り返してくれる感触。思わず落ちた涙さえも泡にはならない。そうだな、外に出たら、まずはまどかにごめんって言おう。ひどいこと言ってごめんって。それから仁美に、恭介とはどうなったのか訊くの。勇気を出して。うまくいったなら祝福するし、万が一、億が一、あたしのためのものだったなら、きっと泣いて仁美を抱きしめる。そして次は、恭介に告白するの。もし仁美と付き合ってたとしても、けじめをつけるために、諦めるために恭介にきちんと告白する。もし、もし仁美と付き合っていなかったなら、もしOKしてくれたなら。たぶん号泣するなあ。みっともないぐらい大泣きして、恭介のこと困らせる。呆れられないようにしなきゃ。そしたら最後にはね、あんたにお礼を言うよ。ありがとうって、ちゃんと言うよ。そのときはちゃんと、笑顔見せてよ。あたしずっと、あんたの笑ったとこ見たかったんだ。

さや杏(まどマギ)

さや杏が平和な世界でキャッキャウフフしてたらそれはとっても嬉しいなって
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あー、人はよくそれを前置きにして言葉を発する。他にも『えー』とか『うー』とか人によって種類はいろいろあるみたいだけど、母音のボス(と、あたしは勝手に思っている)である『あ』+伸ばし棒は世間的にもメジャーであると思う。なんて、あたしの考察はべつにどうでもいいのよ。こんなこと考えても腹の足しにすらなりはしないんだから。ぐるぐる回る思考回路はぐるぐる鳴るお腹に比例する。空腹に気を逸らしたいからといって小難しいことを考えたのは逆効果だったかもしれない。あー、お腹空いたなあ。あ、ほら今もあーって言っちゃった。どうでもいいか。

「さやか!さやかぁー!」

キッチンから聞こえてくるのは杏子の声。そして鼻をくすぐる香りは…焦げ臭いね、うん。またアップルパイ作るの失敗したな杏子のやつ。もう数えきれないぐらい作ってるのに、なんで未だにあたしの手伝いがないと作れないんだろ。あー、ほんとにドジだなあ、杏子ったら。

「あー、はいはい今行くー」

とりあえず、あたしのお腹が満たされるのはもう少し後らしい。キッチンの扉を開けたら、少し焦りながらオーブンを指差す杏子の姿。そこからは毒ガスのように黒い煙が立ち上っていた。

「あー…」
「こ、このオーブンがいきなり煙吐きやがってさあ…」
「こらこら、オーブンのせいにしないの!」

とりあえず今はこれをどう処理するか二人で考えようか。あー、なんか平和だなあ。『あー』の数が増えていくたびそう思える。あー、って待ちぼうけたときだったり落胆したときとかに呟くことが多いけど、今のあたしの『あー』は幸せの意味だから安心してよ。あー、こら、泣きそうな顔しないの!ほら笑って笑って!

さや杏未完(まどマギ)

「あんたは自分の価値を知らないの」

むしゃり。発せられた台詞の直後に、さやかはドーナツを貪った。突然そんな意味不明なことを告げられても、あたしとしては『は?』としか返す言葉がないわけで。まずこの状況からして意味わかんないんだよ。道端でばったりこいつと会っちまって、フランスパンの入った紙袋抱えてたせいで両手塞がってたから逃げようとしたら、猫にするみたいに首根っこひっ掴まれてそのまま近くのファーストフード店にご入店なんだから。なんか知らないけど奢られてるし。こいつに、っていうか人に借りを作るのは嫌で嫌で仕方ないけど、意地張れる金もないししょうがない。しかし、いきなりこんなとこ連れて来られたと思ったらこれなんだから、あたしはどうしたらいいのかそろそろわからない。とりあえず首を傾げるしかないあたしを見て、さやかはあたしに人差し指を突きつけて割と大きな声を張り上げた。

「ほら、その挙動とか!その小首傾げがどれくらい価値のあるものかなんてあんた全然わかってないんでしょ!」
「はあ…?」

言い終わると同時に勢いよく立ち上がるさやか。そんなこと叫ばれても、ただ首傾げてるだけでなんの価値があるってんだ。自然と眉間に寄るしわを伸ばそうという気も起こらず、不機嫌を露わにしてさやかを見上げる。すると、さらに何かまくし立てようとしていたさやかがぴたりと動きを止めた。訝しげにまた視線を送ると、さやかの白い肌に赤みが差す。それはみるみるうちに頬を染めていって、最終的には面白いぐらい真っ赤になってしまった。さやかの眉間には、あたしと同じように深いしわが刻みこまれている。

「え、おい、どうした」
「…上目遣いはだめでしょ…」
「は?」
「…なんでもない」

ふい、とさやかがあたしから目を逸らした。少し素っ気ない口調は、どことなく機嫌の悪さを窺わせるようなそれで。もしかしてあたしは今、さやかを怒らせるようなことをしたんじゃないかという思考がちらつく。いや、べつに怒らせることなんてしょっちゅうだし、今さらびくびくするようなことじゃないんだけど。でも魔法少女じゃない時くらい、佐倉杏子と美樹さやかっていう二人の人間である時くらいは、対立は避けたいって、心の中のあたしが叫んでるんだ。こんなこと思うの、たぶんこいつが初めてで、慣れない感情に自分でもちょっと戸惑うけど。

「あの…さやか、えっと…あたし、何かしたか…?」

だから、恐る恐るこう言ってみたんだけど。

「…んなっ…」

当のさやかは面食らったように1、2歩後ずさって、ただでさえ赤かった顔を発火させたみたいにさらに赤くした。あれ、あたしまたなんか変なこと言っちまったのか?

「……杏子」

さやかはぶるぶる肩を震わせる。なんて言えばいいのかわからなくて、『あ』とか『その』とか言葉を選んで視線をあちこちに逸らしていると、突然さやかが勢いよくあたしの肩を掴んだ。へ、と自然に漏れてしまった声は笑えるほど素っ頓狂で、自分でもちょっと恥ずかしい。そんなあたしの胸中なんてお構いなしに、さやかはまたしても声を張り上げた。それはもう、店内どころか街中に響き渡るぐらいの大きさで。

「可愛すぎるって言ってんのよバカああああ!」
「………は?」

しーん、という擬音を生まれて初めて耳にした気がした。店員も客も凍りついたように硬直していて、今店内にいる全員の視線があたしとさやかに向いている。そんな数多の目なんて全く関係ないとでも言うみたいに、さやかはまだまだあたしに言葉の雨を降らせた。

「だいたいあんたなんなの!?初めて会ったときから思ってたけどさあ、その八重歯!反則でしょうが!そんで最初はツンツンツンツンしてたくせに、最後にゃデレッデレよ!もう!なんなの!猫みたいと思ってたらまさかの犬タイプなの!あーもう!プリティ!キュート!可愛い!KAWAII!」
「わかった!わかったからやめてくれ!恥ずかしいから!」

こっぱずかしい台詞をつらつらつらつらと並べ立てるさやかに一旦ストップをかける。ちなみにあたしは今顔がすげえ熱い。あと涙目。
さやかは俯いて肩で息をしたあと、大きく深呼吸をした。すーはーすーはーと2、3回息の往復を繰り返すと、軽く咳払いをしてから『とにかく』とまた話し始めた。

「あんたは…その、自分で思ってるより…か…可愛いんだから…も、もうちょっと、自覚を持ちなさいってことよ!」

りんごみたいに真っ赤な顔で、そう言われて。蚊が鳴くような声だったけど、あたしの耳が正常なら、確かに聞こえた『可愛い』の一言は恥ずかしさを含みまくっていた。さっき勢い任せに言われた可愛いよりももっとずっと影響力を持っていたそれに、なんでかあたしまでさっきの10倍ぐらい恥ずかしくなって、ただただ俯くしかできない。もじもじ、なんて音が聞こえてきそうなくらい手と手を忙しなく擦り合わせたりしてる自分がひどく女々しい。あたしはいちおう女なんだから女々しくていいのかも知れないけど、普段の行いからすると違和感満載なんだろうな、なんてことを考える。ちらりと向かい側を見やると、いつの間にか席についていたさやかはあたしと同じく照れくさそうに俯いて眉をしかめていた。その姿を見てると、あれ、なんか、へんな気持ち。

「…さやか、おまえ」
「へっ?な、なによ」
「か……可愛い…な…」
「……はっ!?」

思わず口をついて出た言葉にはあたしでさえびっくりしていて、それを向けられたさやか自身はかなりの動揺を見せた。口をぱくぱく動かして、両手をばたばた振り回して、それはもう外国人並みのオーバーリアクションで。な、とか、あ、とか上手く言葉に乗せられないらしい一字をひたすらに紡いでいるさやかは、やっぱりその、可愛いって思える。ああもう、あたしどっか変になっちゃったのか?
やがて狼狽えていたさやかは今日2度目の深呼吸を実行して、調子が整ったところでふんぞり返るように腕を組んだ。でも顔は依然として真っ赤だからあんまり偉そうには見えない。そして、あたしからあからさまに視線を逸らして、ふん、と鼻を鳴らしてから呟いた。

「ま、まあ、あんたの可愛いさには負けるけどね」
「…なっ…!?…」

さやかの口から転がり落ちたのは予想外の誉め言葉で、一気に全身が熱くなるのを感じる。もう思考がぐちゃぐちゃになってきて、勢いに任せてさやかに叫んだ。

「お、おま、おまえのほうが可愛いっつの!」
「な、あ、あんたに決まってんでしょ!」
「いーやおまえだ!おまえのほうが可愛い!」
「あんた!」
「おまえ!」
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