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レトディミ(FE風花)

「先生、これはいったいどういうことだ?」
腕の中に窮屈そうに収まるディミトリが満を持したという様子でそう問いかけてきた。男二人で寝るには明らかに狭い寝床で二人、はみ出るかはみ出ないかのギリギリを保ちながら身を寄せ合っている。そんな現実を疑問に思ったのだろう。
「何でもすると言ったのはお前だろ」
「確かにそうだが……」
しかしな、と言って大きな獅子は眉を下げた。拳一つぶんすらない距離の先で金色の睫毛が眩く輝いている。
昨日のことだ。『何かしてほしいことはないか』とディミトリが唐突に俺に訊いてきた。なぜそんなことを訊くのかと問えば、日頃から世話になっている礼をしたいのだと返事をされる。「本当に何でもいいのか?」「もちろん、なんでも構わない」そんな会話を経たうえで、自分は「明日の夜、部屋に来てくれ」と言った。そして今に至る。こちらに手を引かれるまま寝床に転がったディミトリは、怪訝な表情のまま大人しくこの手に抱きしめられていた。
「ぬくいな、ディミトリ」
「……先生、本当にこんなことでいいのか?遠慮しているんじゃないか」
そう言われても、多忙な生徒に『一緒に寝てくれ』なんて願いを聞き届かせるためだけに呼びつけているのはなかなか厚かましい行為だと思う。そういった感情を込めて「これがいいんだ」と告げると、その口は何か言いたげに一度開いた。だがうまい言葉が見つからなかったのか何も紡がれることはなくゆるゆると閉口していく。金色のかかった頬に手を添えると、目の前の瞳がわずかにゆらめいた。
「その、本当に眠るだけなんだな?」
「? ああ」
「それなら、まあ、いいんだが」
白い肌に少しだけ赤みが差しているように見える。暑いのだろうか?ああ、そういえばディミトリは暑いのが苦手なのだといつか投書に綴られていた。
「もう少しだな、説明をしてくれないか。夜に部屋に来いだなんて言うから俺はてっきり、……おい先生聞いてるのか」
「あ、すまない。聞いてなかった」
「あのなあ、お前は本当に……」
言いかけて、しかし途中でまたディミトリは言葉を押し込める。その後、まあいい、と呟いて目を閉じた。
「もう夜も深い。明日に響くといけないからそろそろ休もう。おやすみ、先生」
穏やかな言葉尻を残してディミトリはそのまま部屋に沈黙を連れ込んだ。夜の空気にさらされるその輪郭はわずかに入る月の光に照らされている。遠くのほうで虫の穏やかな鳴き声が聞こえた。居心地のいい静寂だ、とこちらは思っているが、果たしてディミトリにとってはどうなのだろうか。思いながら、目元の下にあるわずかな隈を親指でなぞった。
「先生、寝ないのか」
少し呆れたような声で、目を閉じたまま男は呟く。すまない、と告げてから頬に添えてあった手を下ろした。
「最近、この時間はいつも散歩しているだろう。よく眠れていないのか」
言うと、ディミトリはぱちりと目を開ける。驚いた様子でこちらを視界に捉えると、困ったように小さく笑った。
「お前は目敏いな。誰も知らないと思っていたんだが」
「今日は眠れそうか?」
「……正直わからない。だが目を閉じて横になっているだけでも体は楽になるし、先生はどうか気にせずに寝てくれ」
言葉の後に目の前の青が細められ、形の良い口元が綻んだ。無理をしているようすはない。が、放っておくだなんてことは教師としても一人の人間としてもできるはずがなかった。
手を伸ばしてその頭を胸に抱えこむ。え、と困惑の声をあげるディミトリをよそに、頭を抱く両手に強い力を込めた。「苦しいぞ先生」と苦笑気味に呟く男の髪を柔らかくかき混ぜる。少し前まで血のにおいしかしなかった男からは、今は静謐な未来のにおいがした。
「昔、どうしても眠れないことがあった。そんなときに父が……ジェラルトが、眠るまで頭を撫でてくれた」
指に絡む金糸は静かに夜闇の中で光る。じっとこちらの手を享受するディミトリの温かな息が首筋にかかった。しばらくそうして身じろぎもなく撫でられていたディミトリは、ふいにその手をこちらに伸ばす。大きなてのひらはゆるやかに背中に添えられた。
「先生の手は本当に温かいな」
なんだか眠れそうな気がする、という言葉の後、瞳が閉じられる。髪を混ぜる手を止めないまま、おやすみとその耳に囁いた。おそろしい夢も際限のない懺悔もすべてここでだけは存在し得ないのだと、この美しい魂が感じていられているといい。祈りに似た気持ちを抱え、その額に口付けを落としてから自分も瞼を下ろした。
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