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モブ律(MP100)

兄さんから紹介されたその人は芯の強そうな美しい女性だった。この人との結婚を考えている、と兄は僕に伝える。なんだか高嶺さんに似ているね、あと雰囲気は少し霊幻さんと同じものを感じる。やっぱりこの人はこういう人間が好きなんだ。よろしく、と手を差し出され笑顔でそれを握った。
兄さんはその女性のどこが素晴らしいかをたくさんの時間を使って僕に話した。彼女はそれを照れくさそうに聞きながらも、頬を赤くして喜んでいた。僕は適切な相槌を打ちながら微笑んでいる。膝に置いた手をきつく握りしめながら。時計の秒針の音がいやにうるさく鼓膜に響いた。兄さんが僕の名前を呼ぶ回数をなんとなく数えていたけれど、今日はあまり呼ばれないから途中でやめてしまった。
「茂夫くんとの出会いは運命だなって、ちょっと思ってるんです」
恥じらいながら彼女がそう言って、隣の兄さんも顔を赤くさせた。それはすごい、そう思えるほどの出会いってなかなかないですよ、と耳触りのよい言葉を投げる僕。自分なのにまるで他人のようだ。運命なんて持ち出してもいいのなら、僕と兄さんはどうなるというんだろう。兄弟として同じ姓に生まれてきた僕らは紛れもなく運命の二人ではないのか?そんなふうに柄にもなく馬鹿馬鹿しい思考ばかり巡る。でも考えてしまうのだ。
「すみません。質問してもいいですか」
「はい、なんでしょう?」
あなたは曲がったスプーンを完璧に元の形に戻せますか?
超能力を使って。
なんて、言えるわけがないんだ。もう全部が遅いのだから。
「……二人はどこで知り合ったんですか?」

モブ霊(MP100)

高校から制服がブレザーになった。ネクタイを結ぶのが難しい。春休み中に花沢くんに結び方を教えてもらって、なんとか格好悪くないように結べるようになった。
「おーおー、モブがネクタイしてやがる」
師匠はブレザー姿の僕を見て可笑しそうに笑った。何が可笑しいんだかわからないけど少し照れる。ソファーに座っている師匠は事務所の入り口に立つ僕を手招きした。それに従って師匠の前まで歩いていき、向かいに座ろうと思って彼を通り過ぎかけたときにがしりと腕を掴まれた。
「練習したのか?」
師匠に腕を離す気配はなかった。仕方なく横に座って、はい、と返事をする。僕を見やる瞳が何を考えているのか汲み取ることはできない。
「花沢くんに教えてもらって」
「へえ」
と、師匠の指が僕に伸びた。それは僕の顎をなぞる。突然のことにびくりと体を震わせてしまった僕に彼は小さな声で「動くな」と囁いた。その口が楽しそうに歪んでいる。猫にするみたいに首の下を撫でられて、次に喉仏に触れられた。
「ちゃんときれいに出来るようになったんだな」
首筋をゆっくりなぞられて、つい息を呑んでしまった。くすぐったい。背筋がぞわぞわする。師匠の指は下降して、やがて僕のネクタイの結び目にたどり着く。形を確かめるように触られたあとにずぼっ、と襟元に指を突っ込まれた。一方師匠のもう片方の手は僕のブレザーのボタンを外している。器用ですね、なんて軽口をたたこうと思ったけれど喉がかさついてうまく声を出せない。ネクタイが彼の手によって緩んだ。
「せっかく頑張って結んだのになあ。悪いな、モブ」
絶対悪いなんて思ってないだろ、あんた。外されたネクタイが床に落ちて、拾う間もなく首筋にキスをされた。俺のも外せよ、という言葉を耳に吹きかけられたらもう拒むこともできない。……この人のネクタイも床に落としてやろう。僕にできる抵抗って今はそれくらいだ。

モブ霊(MP100)

師匠の唇に赤い紅が引かれる。ほんとにこれで潜入するんだなあ、と軽く絶望しながらスカートの裾をおさえている僕は待機中の暇を持て余しながらその光景を見つめていた。鏡の中に映る、決して完璧とは言えないメイクをつくりあげる師匠。自分の唇同士を擦り合わせたり離したりしながら師匠のそこは違和感だらけの赤色に染まっていった。へんだなあと思うのに、僕はなぜだかそこから目が離せない。師匠の赤い唇。やわらかそうなようで、近づいたらぱくりと食べられてしまいそうな。いつもとは違う、不思議な感じがする。
「熱心に見てくるな、モブ」
鏡越しに師匠が僕を見ながらそう呟いた。気づかれていた恥ずかしさから慌てて顔を逸らす。……恥ずかしいって、何がだろう。スカートをおさえる自分の手を見つめる。
「お前にもつけてやろうか」
「……え?」
思わず顔を上げると師匠は口紅を僕に見せつけながらにやりと笑って言った。
「遠慮するな。何事も経験だ」
なんだかおかしな話になってしまった。べつにつけたいとはまったく思ってないんだけど。いいです、と返す僕になんてお構いなしに師匠はこっちに近づいてくる。
「絶対かわいくなるぞ」
そう動く目の前の唇に気を取られている間に、あっけなく体を捕まえられてしまった。
ソファーに座らされて、じっとしているようにと伝えられる。いつものように座ったら「パンツ見えてるぞ」と言われたのでなんとなく足を閉じた。しかし僕にそう言ったわりに同じくスカートを履いているはずの師匠は足を大きく開けてソファーに座っている。パンツ見えますよ、と言おうとしたけど、口を開けることを止められてしまった。
「じっとしてろよ」
口紅をかまえた師匠が僕の唇にそれをゆっくりとつける。そのまま横にすっと引かれて、唇の形を確かめるみたいになぞられた。くすぐったいような、すこし気持ちが悪いような。自分の一部なのに自分のものじゃなくなっていくみたいだ。目の前の師匠の赤色がつやつや光っている。あ、そういえばこの口紅、さっき師匠が使っていたものなんだ。そう気づいたとたん手に汗がにじんだ。触られれば触られるほど僕が師匠の唇をなぞっているような気分になってきて、心臓の近くがかゆくなる。さっき師匠をへんだと思ったけど、どうやらへんなのは僕のほうだったらしい。師匠が僕を見て面白そうに笑っている。唇が、僕に見せつけるみたいに三日月の形にゆがんだ。
「かわいいぞ、モブ」
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