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主モナ(P5)

「モルガナ、お願いだ、やめてくれ」
ソファとワガハイに挟まれた状態でぶるぶると首を振る暁は赤いような青いようなよく分からない顔色をしていた。必死に顔を背けようとしやがるので両手(今の姿なら両前足と言ったほうが分かりやすいか)でその顔を挟んでこっちに向けさせる。
「往生際が悪いぞ、ジョーカー!ワガハイとオマエは協力関係にあるんだから、何事も助け合うのが筋ってもんだろーが」
「き……聞けない、これだけは」
何度交渉しようとも暁はかたくなにそればっかりを繰り返した。何だよコイツ、キスの練習台になってほしいってだけの頼みがそんなに嫌なのか。確かにワガハイ今はちょっと猫だから変な感じになるかもしれないが、もし急にニンゲンに戻ってアン殿とお付き合いすることになったときのために感覚ぐらいは掴ませてくれたっていいだろうに。へたくそとアン殿に思われでもしたらワガハイは確実にショック死する。
「オマエけっこう経験あるんだろ?カッコいいやり方とか知ってるんじゃないのか」
ワガハイに伝授しろ、そう告げると暁は目をぱちくりと瞬かせた。そしてすぐさままた顔をへんな色に戻し、さっきまでより激しく首を振る。
「ないっ、ない……!」
「はあ?あるだろ、あれだけモテてたら」
「みんなただの友達だ!俺、あの、本命がいるから、誤解しないでくれ……」
そう話す暁の声量は後半に行くにつれ小さくなっていった。本命?と思わず目を細めながら聞き返してしまう。何とも疑わしい発言だ。昼夜構わずいろんなニンゲンと遊びたおしているコイツが心に決めたただ一人なんて本当に存在するのだろうか?というか、本命がいるのによそで遊び呆けてたらその子の信用を失くすんじゃないのか。コイツのこういうところは未だによく分からない。
「まあこの際ニンゲンなら素人でもいい。暁、観念してワガハイの練習台になれ」
ううっと呻いた暁はしばらくのあいだ押し黙っていた。が、やがて、なぜか目に涙を溜めはじめる。さすがに泣かれるほどとは思っていなかったのでめちゃくちゃ驚いてしまった。
「そ、そんなに嫌なのか」
「いや、そうじゃなくて、モルガナが考えてる意味じゃなくて」
暁の吐露は要領を得ない。落ち着け、と肉球で顔を撫でてやると涙の溜まっていた目尻からひとしずくが零れ落ちていった。暁はなかなか整った顔をしてるので泣き顔もけっこうキレイだ。
「俺、練習じゃなくて、普通に」
「普通に?」
「………」
「?」
駄目だ、わからん。わからんがとにかく暁はワガハイとキスをするのが嫌ということらしい。べつにワガハイだってしたくてしようと言ったわけじゃないが、何となく寂しくなるのはどうしてなのか。しかし泣くほど嫌がらなくても良いんじゃないのか。はあ、とため息をつき暁の顔から前足を引いた。
「わかったよ!そんなにしたくないならしなくてもいい。ユースケにでも頼んでくるとするぜ」
悪かったな、と付け足して暁の腹の上からどこうと動く。その瞬間、がし、と足のひとつを掴まれた。訳が分からず頭に疑問符を浮かべながら振り返ると、ひとしずくどころか号泣の様相を呈した暁がじっとワガハイを見つめていた。ちょっとしたホラーだ。
「モルガナ、やっぱりやろう。いや、やらせてくれ」
「は?嫌なんじゃなかったのかよ」
聞き返すと『いいんだ』とやたら語気の強い一言が返ってくる。やっぱり訳が分からねー。コイツ、変な物でも食ったんじゃないだろうな。
やってくれ、モルガナ!と叫びソファに完全に身を預けた暁はそのまま目を瞑る。相変わらず両目からは涙がとめどなく溢れているのでそんなに気合を入れられてもやりづらかった。しかし、勢いでユースケの名前を出したもののワガハイだって練習相手は誰でもいいわけではない。コイツが一番いいと思ったから声を掛けたわけだから、こう潔く頼みを受けてくれたのは有難かった。暁の胸に前足を乗せ、顔を近づける。胸板の下で心臓がありえないほど脈打っているがやっぱり調子が悪いんだろうか。 
「暁、その、ワガハイが言うのも何だが。調子が悪かったり本気で嫌だったらちゃんと断れよ」
言ったら、暁は泣きながらブンブンと首を振った。本当に大丈夫なのか?と心配しつつ顔をぐっと近づけると、へんな色だった暁のそこは完全な赤になった。
「いくぞ、ジョーカー」
うう、と唸った暁は目をさっきよりきつく瞑った。口も不自然なくらいぎゅっと引き結んでいる。ここにワガハイの口を押し当てれば、キスができるってわけだ。そう意識すると妙に気恥ずかしくなってきてしまった。しかしこんなことじゃ駄目だ、本番でアン殿とキスをするときに備えて、これぐらいはスムーズに出来るようになるべきだ!
心の中で気合いを入れ、ついにワガハイは目を閉じて口を暁の唇めがけて突き出した。瞬間、想像よりも柔らかい感触が伝わってくる。ニンゲンの唇というのはこんなに柔らかいものなのか。それともコイツの唇がものすごく柔らかいというだけなんだろうか。
しばらくして、ワガハイはそっと暁から顔を離した。その涙は未だに顔面をベチョベチョに濡らしている。パチリと瞼を上げた暁の目はすっかり真っ赤になっていた。鼻を一回大きく啜った暁は、モルガナ、とワガハイを呼ぶ。
「キスって、かつお節の味がするんだな」
「……すまん、さっきゴシュジンにもらったんだった」
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