船員が夕食を運んで来てくれたことでもう時刻が夜だということを知る。ずいぶん法律書を読み耽ってしまっていた。机に皿を幾つか置き、失礼しますと船員は素朴な態度で去っていく。いつも有り難うございますと礼をし、完全に扉が閉まるまで暫し入り口を見つめていた。足音が遠ざかってゆくのを確認した後、扉のカンヌキをしっかりと閉める。さあこれでこの部屋はいったん自由だ。洋箪笥の目の前まで向かい、二度程その扉を叩いた。夕食だ、と端的に告げる。が、すぐには返事が返ってこなかった。
「成歩堂?」
「……あッ!あ、開けていいよ」
焦ったような声と共にガタ、と何かにぶつかるような音が内部から聞こえてくる。眠っていたのだろうか。いや、声は寝起きのそれではなかった。首を傾げながら戸を開けると、成歩堂がいつも通りに三角座りをしてちょこんと収まっている。その頬は普段より少し赤いように見えた。
「何かあったか?」
「いやっ、な、何でも」
いつものようにデートチケットを持って百田くんのところへ向かっている途中、前を歩く人影が見えた。二つにまとめられた長い黒髪と赤が基調の服、その後ろ姿から春川さんだということが分かる。彼女の右手には僕と同じようにデートチケットがしっかりと握られていて、これから誰かを誘いに行くのだということがわかる。春川さん、と声をかけてみると彼女の足はぴたりと止まり、ゆっくりと僕のほうに顔を向けてくれた。
「最原。……何?」
「あ、これから誰か誘いに行くのかなって思って」
「……あんたも今から?」
「うん。僕は百田くんを誘おうかなって……」
と、そこで空気がぴしりと固まった。というか、春川さんからただならぬオーラが巻き起こったのだ。赤い瞳がぼんやり光りながら僕を射貫いている。探偵としての勘が働き(いや探偵じゃなくても丸わかりだと思うけど)、僕は早々にこの状況の意味を察してしまった。
「春川さんも、百田くんを誘おうとしてるんだね?」
そう言い切ってみせると、春川さんはかすかに肩を揺らした。どうやら当たっていたようだ。
オーディション最原とプロローグ王馬
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「僕は探偵がいいな」
ダンガンロンパのオーディション会場で知り合ったたぶん同い年の男子、○○くんはそう言った。どこかたどたどしい喋り方が印象的な彼だが、その一言ばかりははっきりとした声で口にする。気持ちはわかる、だってダンガンロンパにおいて自分の才能はこれ以上なく大切なものだからだ。才能次第で殺しかたにも死にかたにも意味と工夫が生まれてくる。オレは手元の『ダンガンロンパ計画ノート』と銘打った自らのノートに「○○くん:探偵枠」と簡単に書き込んだ。
「探偵っていうのは霧切ちゃんみたいな役がいいってこと?」
「いや、クロになりたいんだ。探偵がクロだなんてもう珍しくはないけど、ロジックを複雑にして参加者を困らせれば視聴者も面白いかなって思うし」
「へー、視聴者を楽しませるくらいの謎を残せる自信があるんだ?」
「いちおう、案はたくさん考えてあるけど」
そう言うと○○くんはオレと同じようなノートを鞄から取り出して膨大な数の殺人計画を丁寧に紹介してくれた。けっこう面白いし勝算はあるけど、これならたぶんオレの考えてるもののほうが面白い。
「○○くんはどういう役になろうって考えてるの?」
「オレは、とりあえず被害者かな。どうせなら狛枝くんレベルの、ファンみんなの記憶に残る死に方がしたいよね」
「へえ、勇気あるね。才能は?」
「いろいろ考えたんだけど、総統かな。どこかの大統領と同じ肩書きだけど、虐殺とは真逆で殺される側っていう引っ掛けにもなるし。何より必然的にカリスマ性が手に入るから参加者を撹乱しやすくなるしね」
「いかにもクロ側の才能だけど被害者なんだ。面白いね」
「そうだ、ついでにオレの犯行計画も聞いてくれない?○○くんの作戦に活かせるかもしれないし」