最原と百田未完(論破V3)

「百田飛行士は今月末には初の宇宙へと旅立たれますが、ご家族やご友人に挨拶などは済まされましたか?」
若い女性記者が少々興奮気味にマイクを傾けると、話題の最年少宇宙飛行士は力強く頷いた。その表情にはいつもどおり自信と好奇心が満ち溢れている。彼の指導のおかげで日課になった朝ご飯をもそもそと頬張りながら、僕は静かにテレビの音量を上げた。我らがボスは今、一躍時の人だ。
少し前百田くんの宇宙行きがようやく決まって、彼の存在は新聞やテレビやネットを通して世界に知れ渡ることになった。その異例の経歴はマスメディアにとってかなりの旨味を持っているようで、今や百田くんのことをテレビで見かけない日はない。まあ、書類偽造だもんな。僕だって初めて聞いたときは驚いた。
しかし友人に挨拶はしたと彼は言うけれど、僕にはまだ何の連絡も寄越されてはいなかった。たいへんな多忙だということは百も承知だけど少しだけ気にしてしまう。まさか友人というカテゴリに僕は入っていない、なんてことはないと思いたいんだけど。食パンの最後のひと欠片を口に含みコーヒーを啜る。カフェインが寝起きの悪い頭を雑になだめた。テレビの中ではまた新たな記者が立ち上がり、週刊○○の××です、と簡素に名前を名乗る。
「百田飛行士はあのだんがん紅鮭団に参加されていたことでも有名ですが」
そこに切り込むのか、と思った。だんがん紅鮭団、あれのおかげで僕たちの顔は世界に広く知れ渡った。百田くんがこうして注目されはじめたのも言わばあれが出発点だ。みんなとつむいだ絆を

「終一、ハルマキ!観てるか?」
と突然テレビが彼の声で僕の名を呼ぶ。せっかくのコーヒーを危うく吹き出しそうになり、何とか口内に留めたもののあわや器官に入り込んで思いきり噎せてしまった。喉が焼けるような感覚に涙を浮かべながらもなんとか液晶画面に目を凝らす。ぶんぶんと手を振る彼は満面の笑みをこちらに向けている。
「最近連絡出来なくてわりーな。トレーニングさぼんじゃねーぞ!」
取材陣の戸惑いなんてお構いなしに百田くんはそう言い切ると、また何事もなかったかのように質疑応答へと戻った。終一とハルマキって誰ですか、という問いかけに「助手だ!」と返している。もうメチャクチャだ。春川さんの呆れる声がすでに脳内に響いていた。けど、喜んでしまっているのもまた事実だ。なんで録画していないときに限ってこういうことをするんだ、彼という人は。

ダメ元で掛けた電話は意外にも3コールほどで繋がり、よう、と弾んだ声が回線の向こうから聞こえてきた。観てたよと言ったらいたずらの成功した子供みたいに笑う。ちょっと王馬くんみたいだ。
「春川さんも観てたって。わざわざテレビで言うくらいなら直接連絡してこいって言ってたよ」「ったく、おっかねーな。後で電話しとくか」「体は大丈夫?」「あたりめーだろ」「もうすぐだね」「おう!」
会話はとうとうと流れていく。百田くんの声は存外穏やかだった。いつもどおりのことを言っていつもどおり笑う。しかし、ここで僕が少し欲を出したのはいけなかった。
「あのさ、宇宙に行く前に一度会えないかな?多忙なのはもちろんわかってるけど、前祝いっていうか」
「……あー、悪い。今かなり立てこんでてな。宇宙に行くまでに、っつーのは無理かもしれねー」
「ああ……うん。そうだよね」
出発はもう今月末だ、そりゃあ僕らに構っている暇なんてないだろう。何となくこの答えは予想していたけど、思ったよりも僕は落胆していた。落胆というより、不安かもしれない。きっと感じてはいけない感情だ。


途中抜けてて草

最原と王馬未完(論破V3)

コントローラーを握る手に汗が滲む。画面の向こうでは大きな機械があって、そこからピンク色の血が滴っていた。なんだよこれ、と呟く画面の向こうの僕は今日も無知だ。
「最原ちゃん、ほんとゲーム下手だね。オレまた死んじゃったじゃん!」
後ろから王馬くんの声が聞こえたと思えば、肩に重みがかかった。のしかかられているらしい。使えないなあと耳元でけたたましく笑い声をあげる。
「次は頑張ってね」
体の重みが消えて、ドサリという音が聞こえた。後ろを見やると王馬くんが血まみれになって死んでいる。コントローラーを握る手に汗が滲む。
「やっほー最原ちゃん!まだやってるの?懲りないなー」
「そんなに頑張ってもオレは生き返らないよ!」

最原と百田未完(論破V3)

二人だけの秘密が欲しい、なんて馬鹿げたことを呟いた僕に百田くんは笑った。「今日の夜10時、誰にも見つからないように屋上に来い」と言われて、言葉の意図を読み取れないまま頷く。やがて時計の針が10時を指した頃、こっそりと部屋を出て静かに屋上に向かった。冷えた鉄の扉を開けて辺りを見回すと、ちょうど真ん中に百田くんが座っていた。扉の開く音に気づいて振り返り、僕に手招きをする。
「誰にも見つからなかったか?」
「うん、大丈夫だったよ」
話しながら隣に腰を下ろす。上出来だ、と僕の背中を叩く百田くんはたいそう満足気だった。


百田くんが王馬以外の特定の人間と作る秘密が一ミリも思いつかなくて死んだ
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